祥寺真帆/リリィ

ショートショートや短編小説を書いています。(旧blog1): http://blog.goo.ne.jp/maho-2010(旧blog2):https://blog.goo.ne.jp/maho-uk

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最近の記事

【300字小説】 ポストカード

 共通点をつたって、ということなのだろう。見知らぬ学生さんから連絡がきた。インタビューさせてほしいという。メールに書かれた内容を見る。いくつか日程を書いて返信した。  画面を通して、まぶしい、と感じた。自分にもきっとこういう時期があったのだろう。こちらでの仕事や生活について小一時間話した。最後に「憧れます」と言われ不思議な気持ちになった。  私の憧れはわかりやすかった。映画のポストカードを持ち歩いていたくらいだ。トレンチコートを着て、コーヒーを片手に颯爽とオフィス街を歩く。あ

    • 【300字小説】 酔わない二人

       この人も酔ったふりをしていたとわかったのは、飲み直すために入ったバーで鉢合わせたからだ。酔ったふりして二次会をパスしたのも同じだった。  どちらとも父譲りでお酒に強かった。どんなお酒でも、どれだけ飲んでも、まったく酔わない。 「酔える人っていいですよね」と言うと、 「酔っぱらいの研究は長いよ」と相手は笑った。表情がふわふわしてくる人、声が大きくなる人、まっすぐ歩けなくなる人。「すっかり酔ったふりも上手くなった」  私たちは秘密を共有するかのように、ゆっくり、すいすいお酒を飲

      • 【300字小説】 束の間の安堵

         いつまでこのルールの中で戦い続けるんだろうな。そう思うまでに十年もかからなかった。追う、追われる、取り返す。その枠から抜ける勇気もなく、勝ち続ける力もない。やっと金曜だと思ったらすぐ日曜の夜になっている。  後輩の送別会は一次会で抜けた。近所の和食屋に入る。テレビ画面に目をやると胴上げ映像が映っている。ああ、首位取り戻したのか。 「王座奪還ですね」インタビュアーがマイクを向ける。地響きのような歓声が上がる。  お待ちどう、と目の前にうどんが置かれる。束の間の安堵といったとこ

        • 【300字小説】 つなぎ目

           つなぎ目がほどけそうになっている糸を見かけるのはこの時期だ。ちょうど夏の終わり。次に多いのは春。どちらかが結び直せばまだ修復できる糸もあれば、きつく結びすぎて切れかかっている糸もある。恋人同士の糸もあるし、友達の糸、家族の糸もある。  誰の相談も受けなくなってずいぶん経つ。ある意味、私は誰とも糸を結ばなくなったと言えるだろう。結んでもゆるく、いつほどけてもいいようにしか結んでいない。しかし最近、一本だけ慎重につないだ糸がある。やっと本当に大切なものを見つけた気がする、と思っ

          【300字小説】 育ち盛り

           子育ての終わりを感じたのは、夕食のあと炊飯器にお米が残っているのを見たときだった。  年子の男子二人は、歩き、喋るようになったと思ったらすぐに大きくなり、気付いたら育ち盛りに入っていた。起きている間中、炊飯器の中身を心配しお米を炊いていた気がする。いつまでこの日々が続くのだろうと思っていたが、今となればなんだか嵐のように一瞬だった。  次男が家を出ていき夫と二人の生活に戻った。私もだが夫は特に食が細くなり、一度に炊くお米の量も減った。満杯にしてもすぐに空になっていた冷蔵庫は

          【300字小説】 育ち盛り

          【300字小説】 待合室

           早朝の待合室には競馬新聞を広げた男が座っていた。対角線上に腰を下ろす。  扉の上の時計を見る。指定された列車の時刻まで14分。分針が音を立てるたびトレンチコートの右ポケットに手を入れてしまう。指先が金属に触れると安心と恐怖が入り混じる。  春の日差しが窓ガラスから差し込み、埃が浮かぶ。車両に入った後の場面を頭の中で再生する。  背広を着た男が待合室の外に立つ。すり減った踵と安っぽいネクタイを見て、身構えた体の力を抜く。  最後の分針が進み、立ち上がった瞬間だった。 「警察だ

          【300字小説】 待合室

          【300字小説】 連れて行ってくれる場所

           ほとんど願掛けみたいなものだと思う。少しだけ自分の持っている力以上ものを借りたいとき、玄関に腰を下ろして靴を磨く。いつからだろう。就活の最終面接のときか。いや、大学受験のときではないか。  ブラシをかけ、クリーナーで汚れを落とし、クリームで革を磨く。そうして普段の手入れよりも丁寧に手を動かしていると「大丈夫、上手くいく」という心の声さえ消えていく。この靴が連れて行ってくれる次の場所に思いをはせる。  立ち上がり、磨かれた靴の静かな佇まいを眺める。「うん」明日の朝が楽しみにな

          【300字小説】 連れて行ってくれる場所

          300字小説「あの日の見送り」

          「見送りにいくよ。何時の便?」君からの返信に、そんな大袈裟なと思わず口をついて出た。今生の別れじゃあるまいし。けれど「羽田16時」と返した。  ほんの1年ほどの留学のつもりだったが、気づけば人生の半分以上ここにいる。僕が生活をもと居た場所に戻すことはなかった。  君のいる街は変わってしまったし、世界も変わってしまった。きっと僕も君も変わってしまったことだろう。  あの日、君のことだから気づいていたのかもしれない。勘のいい人だったから。  小さなことで見送り、見送られるたびに、

          300字小説「あの日の見送り」