オオカミ少年で店をつぶす方法
恐ろしいオオカミ
あるところに平和な街がありました。
その街には、小さいけれども大変おいしい料理を出す店がいくつもありました。
「黒猫亭」もその一つでした。洋食屋さんなのですが、ここのオムライスときたらもう旨いのなんの。「舌がとろける」というのはこういう事かと誰もが思ったものです。
街の北西に高根山というハイキングにもってこいの山があり、素敵な展望台があります。そしてその麓には、家族連れやカップルでゆっくりと散策できる美しい公園があるのです。
「黒猫亭」はその公園の手前の通り沿いにあるので、休日を楽しむ人たちには絶大の人気で、日曜日や祝日ともなると順番待ちの列がいつも長くできていました。
さらに店主の猫山さんはとても笑顔の素敵なおじさんで、こういうお店の店主らしく、でっぷりとしてお腹が出ていて、それがまた客にとっては、お店に食べに行きたくなる、微妙なチャームポイントにもなっていたのかも知れません。とにかく笑顔にあふれた最高に活気のあるお店でした。
ところがある日、街の放送局からこんな臨時ニュースが流れました。
「恐ろしいオオカミが人を食い殺したという事件が、お隣の街で起こりました。この映像を見てください」
動画ではオオカミが人に襲い掛かる様子が生々しく映し出されていました。そして気になることに、いくつかの映像はすべて飲食店での出来事のように見えました
「怖いわね」
「飲食店が危ないそうよ」
「飲食店に行かない方がいいのかしら」
そんなことを街の人が話すようになったある日、市長さんが放送局から街の人たちに「お願い」ということでお話をしたのです。
「親愛なる街の皆様、今大変な事が起こっています。ご存じのようにオオカミによる危機が街に迫っています。すでに街はずれでは、次々にオオカミの足跡が見つかっています。皆様の安全のためにしばらく不要不急の外出は自粛してください」
人々は市長の措置をもっともだと思いました。
そして街から人の姿が消えました。足跡を確かめた人なんて一人もいないのに…
このままでは危ない
「日曜日で天気もいいのになあ…」
秋晴れの空を見ながら、猫山さんは寂しそうにつぶやきました。
この間のオオカミ騒動でお客さんはおろか、山に登る人もほとんどいなくなってしまったのです。
彼はニュースが流れた後も、過去にこの地方ではオオカミがいたという話を一度も聞いたことがないので疑いを持ち、まず自分で山を調べに行きました。
彼にとって高根山は庭のようなものです。隅々まで歩き回ってもオオカミの足跡は1つも見つかりませんでした。そしてすぐ市役所にもその報告をして、周りの飲食店の店主とも話し合って、安全であるということをいろんな方法でアピールしようと計画していました。
ところがそんな時に再び臨時ニュースが入りました。ついにこの街で被害者が出たというのです。報道ではオオカミの恐ろしさを切々と訴える人々の話を伝えていました。
「本当に死ぬかと思いました」
「ギラギラとした目を見たときは息が止まりそうになりました」
何人かの証言者が本当に痛々しい様子でコメントしていました。
でも死者がそのお店で見つかった時、すでにオオカミはもう逃げていて、そこにはいなかったそうです。だから幸いにも発見者は無事だったという事でした。
この報道があって間もなく、また市長さんが「お願い」を出しました。
「親愛なる街の皆様、危険は現実のものとなりつつあります。これまで以上に外出は控えてください。そして特に飲食店は危険です。近寄らないようにしましょう」
「また今後は安全を徹底するために、死因がはっきりしない死亡は、すべてオオカミによるものとして、街がお医者さんにも被害者にもお見舞金を払います。特に飲食店で死者が出た場合には原因はすべてオオカミによるものと断定します」
テレビを見ていた猫山さんは、びっくりして椅子から2~3センチ飛び上がってしまいました。
「そんなことをしたら騒動が大きくなってしまうぞ。第一本当にオオカミの仕業かどうかもまだわかってないのに・・・」
「だれも怖がって店に来なくなってしまう」
そして街から人が消えた
案の定、市長さんによる「お願い」放送があった翌日から、黒猫亭へ来るお客さんは1人もいなくなりました。
でも実は、市長さんが今回の騒動を心配して、飲食店が自粛をすればお金を出してくれるという決まりを作ってくれていたのです。これには猫山さんも周りの飲食店の店主仲間たちも、ホッと胸をなでおろしました。
早速彼は市役所に出向いて手続きを済ませてきて、1週間後からお店を休みにしました。
世ではまだオオカミ騒動が止みません。毎日報道がされていて次々に被害者が出ているようです。
でも実際にオオカミの姿を見たものはまだいません。逆にそのことが、さらに人々に恐怖を植え付けているのかも知れません。
そして飲食店だけでなく、街から人の姿がすべて消えました。
テイクアウト
1年が経ちました。
猫山さんは、お休みの補償金がなかなか支払われないので市役所に相談に行った帰りに、市役所の人がしている話をふと耳にしました。
「この調子だとあと3年くらいはオオカミ騒動が続きそうね」
「一向に調査が進んでないようだからね」
これを聞いて彼は焦りました。
「このままじゃあまずいぞ」
もう暮らしていくためのお金は底をついています。補償金だけが頼りですが、手続きがとても難しくてまだ時間がかかるそうなのです。
「よし。みんなに喜んでもらうためにテイクアウトを始めよう」
彼はそう決意しました。
「最近は街を歩く人もすこしずつ見られるようになったので、そういう人にアピールしてみよう」
そう考えたのです。
元々おいしさには定評があった黒猫亭の料理です。瞬く間に評判が広がり、猫山さんは窮地を脱しました。
お弁当を買いに来る人たちにも、笑顔が戻ってきました。
黒幕
「おい。どういうことだ」
その男は高層ビルの一室から窓の外を見つめたままで、市長さんに話を切り出しました。
「申し訳ございません。もうそろそろ潮時かと思って甘く見ておりました」
「必ず計画通りになるように締め上げるんだ。いいか」
「うまくいかない場合は、わかっているな…」
「は、はい。必ず必ずやご期待にそえるようにいたします」
市長さんは哀れなほどうろたえて、汗をハンカチで拭きながらその部屋を出て行きました。
緊急事態宣言
その翌日、街の放送局から市民に語り掛ける市長さんの姿がありました。
「親愛なる街の皆様。一部の市民の方が皆さんが飲食店に行かれるのを誘導したりしていて、そのために危険がまた広がりつつあるようです」
「この際街に緊急事態宣言を発出いたします。外出されるのは論外ですが、隠れて飲食店の営業をしている方には、他の街の皆さんのために過料をご負担いただきます。これも皆さんの安全と安心のためですので、ご理解とご協力をお願いします」
市長さんのこの放送は街の歴史に残るすばらしい放送として、それから毎日テレビで流され続けました。
一部からは反発もあったようですが、「あくまでも『お願い』の形なのだから問題はない」ということで、そういう声はみんなの賞賛の声にかき消されてしまいました。
一方その頃、黒猫亭の店主猫山さんは、市役所で係りの人に毎日のように抗議をしていました。
「どうしてテイクアウトもいけないんでしょうか。お店に人が長くいるわけじゃないのに」
「何度来られても無理なんですよ。危険なのがおわかりになりませんか」
「しかし…」
「お引き取りください」
「過料の正式決定書が近く届くと思いますので、すぐにお支払いください」
「では補償金の方はいつ頃?」
「それについても毎回お話していますが、こちらも大変なんです。順番に支払われますから、お待ちくださいね」
彼は仕方なく家路につくのであった。
新しい街づくり
「うまくやってくれた。今回は大活躍だったな」
「ありがとうございます」
「上にもよく話しておくよ」
「よろしくお願いします」
「あと1年待て。そうしたら一気に街を変えるぞ」
「あんな古臭い店、もっと早くつぶしたかったんだが、ようやくこれで息の根を止められたな」
「はい。何事も思し召しのままに。お役に立てて光栄です」
「まあ、庶民なんてこんなものだ」
「善良は美徳だが、『情報を疑わない』という事がもはや一つの悪徳になっていることに奴ら未だに気づかない。いつまで経ってもテレビや偉い人のことは無条件で信じてしまう」
「だからいつまでもオレたちの支配は終わることがないのだよ。市長さん」
「はい。おっしゃる通りです」