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【犬の短篇4】究極の犬小屋

金に糸目はつけない。
私の愛犬のために、
究極の犬小屋を作ってほしい。


ある大富豪が、そんな募集を発表した。
優勝者にとんでもない額の賞金を約束したことで、応募が殺到。
審査委員会による選考の結果、
最終的に4人のアイディアが選ばれ、
実物を作って最終審査が行われることになった。
最後に優勝者を決めるのは、大富豪の愛犬だ。


大富豪の豪邸の広大な庭。
4人の応募者と4つの犬小屋が横に並んでいる。
犬小屋の正体は、白い布で隠されている。
目の前の椅子に座り、満足げな表情を浮かべる大富豪。
彼は今日、この場で初めて4つの犬小屋を見るのだった。


プレゼンテーションが始まる。

1番目。

作品タイトルは「dog kingdom 〜静謐の城に住まう」。
作者は世界的な建築家のA氏だ。

白い布が取られる。
外観は、小ぶりな宮殿。
犬をモチーフにした精巧な装飾が壁全体に施され、
どう見ても高価な宝石がそこここに埋め込まれている。
中に入ると、床はすべて大理石。
天井全体に広がるステンドグラスには、
砂浜を走る犬の絵が宗教画のように描かれている。
純銀製の皿には、
超高級肉を使った超高級エサ。
まさに贅の限りが尽くされた犬小屋だった。


2番目。

作品タイトルは「犬小屋2.0 〜Inu Innovation、始まる」。
作者は今最も注目されるIT起業家のB氏だ。

白い布が取られる。
外観は、真っ黒な立方体。
起業家がリモコンのスイッチを押すと、
ウィーンという機械音とともに入り口が開いた。
その犬小屋は、最新のAI技術で制御されていた。
犬の体調や外的環境をデータ分析し、
快適な気温から食事の内容まで全て管理。
毎日の散歩も自動ロボットによる自動散歩で自動に行われる。
まさに最先端テクノロジーが詰め込まれた犬小屋だった。


3番目。

作品タイトルは「unchained love 〜常識の鎖を噛みちぎれ」。
作者は新進気鋭の若手アーティストのC氏だ。

白い布が取られる。
そこには、ボロボロに破壊された犬小屋があった。
犬のリードらしき鎖が、細かく切断されて
犬小屋の周りに散らばっている。
よく見るとそこら中に、
犬に投げたら喜びそうなカラフルなボールが無数に落ちている。
ボールには筆文字で「咆哮」「甘噛み」「涎」などの言葉が。
この作品にこめた深いテーマを熱く語るC氏。
なお、この犬小屋はアート作品なので、
犬が入るのは禁止とのことだった。


いよいよ最後、4番目。

作品タイトルは「あの犬小屋」。
作者はサングラスやマスクで顔を隠した謎の人物、D氏だ。

白い布が取られる。
何の変哲もない薄汚れた犬小屋だ。

それを見た瞬間、
ふんぞりがえって座っていた大富豪が、
驚いた表情で立ち上がった。

「……あの犬小屋だ」

彼は幼い頃、拾ってきた犬を飼っていた。
父親が手作りしてくれた小さな犬小屋で、
その犬を大切にかわいがった。

しかしその頃、父が失業。
食べるものにも困る生活の中で、
犬を飼う余裕は無かった。
ある日、彼が小学校から帰ると、
犬小屋に犬がいない。
両親が彼に黙って犬を捨ててしまったのだった。
思い出が詰まった犬小屋の前で、
彼は声をあげて泣き続けた。
そして貧乏を心の底から憎み、
将来絶対に大富豪になることを誓ったのだった。

「……あの犬小屋だ」

茫然と立ち尽くし、犬小屋を見つめる大富豪。
その横でD氏がサングラスとマスクを外した。
それは、老いた父だった。

「大変だったよ、じじいに犬小屋作りは」
「……父さん」
「昔の写真が残ってたからな。汚れや傷も当時のを再現したんだ」

小さな犬小屋にそっと触れる大富豪。
犬との思い出が次々とよみがえる。
隣で父親が静かにつぶやく。

「あの時はごめんな」

大富豪の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「決まりだな、優勝は」




4つの犬小屋の前で、
ゆっくりと愛犬のリードを解き放つ大富豪。



犬は勢いよくdog kingdomに飛びこみ、
超高級肉にしゃぶりついた。

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