小説感想『燃えよ剣』
今の僕、というか、僕たちと言ってしまっても
いいかもしれません。
僕たちは、成功あるいは安定を望んでいる気がします。
つまり、未来がある方へ、お金が稼げる方へ、安全な方へ行こうとしています。
別に悪いことではないですよね。
ですが、そんな流れを無視して、僕らが理解できない信念を胸に、未来がない方へ、お金が稼げない方へ、危険な方へ、怒涛のように突き進む人間がいたとします。
今を生きる僕らからしたら邪魔ですよね。より良い生活を台無しにしてくる恐ろしい化け物です。
ですが、ふと客観的に見てみると、例えば小説の中の登場人物だと考えてみると.....かっこよさが出てきます。不思議と、渋みが生まれ、孤独の魅力が湧き出て、崩れ去る旧時代の最後の象徴として、一種英雄の羽織りを纏って突き進んでいるような、かっこよさ。
土方歳三。
僕たちは明治維新後の世界に行きています。今もAppleのiPhoneを使って日本語の文字を書いています。僕という読者は明治維新の側の人間です。
なので、土方歳三を、心の一方では不器用な生き方の男だと感じていました。
ですがもう一方では、どうしてこうも魅力的で、かっこいい人間に感じるのだろう、という不思議さが、ページをめくるごとに湧き出てきます。
歳三は、最初はただの田舎の喧嘩師でした。ですが、大人になり、時代が変わり、責任も変わって尚、喧嘩師であり続けると、神格化と言ってもいいような神々しさを帯びていきます。意味がわかりません。ただ子どもの頃から変わっていないだけです。
でもやはり、変わらないことも難しいですよね。周りに何を言われようと、自分の信念と強みを的確に理解して進み続けるのは、相当困難です。普通はどこかで生き方と考えるはずです。近藤勇のように。
歳三が変わらないまま、世間から取り残されて行けば行くほど、彼の魅力の真髄が浮き彫りになっていきます。僕は、京都にいた時の歳三よりも、京を離れて北上していく歳三の方が好きですね。孤独であることを受け入れて、尚生き方を変えずに、死に方をも自分で選択していく姿は、ただただかっこいいと連呼してしまうかっこよさです笑
さて、上下合わせて1000ページを超える超大作だったわけですが、僕が驚いたのは、文章としてはスピード感があまりないのに、読んでいる感覚としては、スピード感を多分に感じた点です。作者本人が途中で取材中のエピソードを入れてきますし、余談はするし、新しく出てきた人物がいると、すぐにそいつの後日談を始めます。僕としては、歳三の話に集中しろよと思ってしまうのですが、振り返ってみれば、そういう蓄積こそが歳三の生き方の凄みを浮き彫りにしていて、また余談の書き方も上手く端的で非常にわかりやすく、心でツッコミを入れている程のノイズは実際のところないのです。
恥ずかしながら司馬遼太郎の作品を読むのは初めてなのですが、土方歳三の太刀筋を受けて真っ二つに切られているような、シンプルかつ力強い、小細工なしの真剣勝負の文章で、脱帽致しました。
読んでよかったです。すごい作品。