短編小説『今』
テレビの中では、覚せい剤を保持して逮捕されたタレントが、報道陣の前で頭を下げていた。
「気持ちを入れ替え、生まれ変わった姿を……」
作太はランドセルを背負ったまま、おばあちゃんと一緒にテレビを凝視していた。すると、部屋の奥からガミガミ声がやってくる。
「作太! また間違えて村上君の体操服まで持って帰ってきたでしょ! 本当にドジね! あっ、しかも破れてるし! 縫った方がいいのかな、でも村上君の親御さんに悪いか……あっ、そういえば作太?」
「ん?」
「地震大丈夫だった?」
「地震?」
「そう、あんたが下校の時あったのよ、まぁここは震度一だけどね」
黙って座っていたおばあちゃんが微笑み、口を開く。
「ここは安全でいいわよねぇ。山も海もないし、家は新しいしねぇ」
作太は喋らなかった。黙ってタレントの頭頂部を見続けた。
母は作太を車に乗せ、近くのスーパーへと向かった。家族五人分の食材と、それから糸とワッペンを買いにいくためだ。
日常が流れる車道と歩道。何事もなかったかのようだ。母もまた、いつもと変わらぬやや粗い運転と口調。
「今日学校でなんかあった?」
「うん、一度死んで――」
「えぇ?」
「――生まれ変わったら何になりたいかを、皆で書いた」
「あぁ、びっくりした。何それ、何の授業?」
「国語」
「へー、作太は何になりたいって書いたの?」
「救急隊」
「別に生まれ変わらなくてもいいやん!」
「そうなの?」
「そうよ、まぁ、勉強頑張ればね」
作太は車窓を覗いた。町を歩いている人が突然イルカに姿を変えて、通路をのたうち回った。自動販売機で飲料を買っている人が銃を乱射する殺戮マシーンに変化し、ランニングをしている人が豪華絢爛なドレスを纏ったプリンセスに早変わりした。そして自分は、救急隊になる。
作太は首を振って想像を消した。現実的じゃないと言わんばかりに。
スーパーに到着し、二人は買い物を始めた。
レジの奥に、募金箱があった。透明な箱の中に、小銭が集まって小さな山を作っていた。買い物の間、ほとんど喋らなかった作太が、募金箱に顔を寄せながら声を出した。
「お母さん」
「ん?」
「一度死んだり、一度犯罪を犯したりしなくても、僕って救急隊になれるの?」
「……」
母は答える代わりに、作太に小銭を手渡した。
作太はやけに緊張しながら、しかし幾分か期待を込めて、小銭を山の中に落とした。
小さな音が鳴った。十円玉は山の麓まで降りていった。
その瞬間、作太は透明な募金箱に、救急隊のユニフォームを着た自分を見た。とても現実的に。