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短編小説『死へのリスペクト』

たまたま屋上に上がったら、飛び降りようとしている人がいた。

ので、こう言った。
「どうして飛び降り自殺をしようと? 飛び込み自殺の方が迫力があると思いません?」
すると彼はこう言った。
「誰かに迷惑をかけたくないので」
「あぁ、なるほど」
と俺。
「いいね」
彼は飛び降りた。

するとどういうわけだか、自殺の幇助だかなんだか知らないが、俺が殺したみたいな言いぐさで、俺は牢獄にぶち込まれた。
俺にはさっぱりわからない。

釈放の日、自動ドアからでると、なんだかわけのわからないカメラが大勢ずらりと並んでいて、口々に俺を責め立てる。
「何故止めなかったのか」
「殺人者!」
などなど。

「人の自殺を止める理由などどこにもない!」
俺はカメラに向かって言い放った。
「スーパーに行って食べたい物をそれぞれが選ぶのと同じように、生きようと思うことも、死のうと思うことも、人それぞれの自由だ」

「それでもって、自由が自由として存在するために、死のうと思ったことにリスペクトを払うべきだ。一人の人間の死という決断を、どうして尊重することができないんだ! この自己中な人間どもめ!」

そんなことを言ってしまうから、こんなヤバい奴を置いてはおけないと俺は仕事をクビになった。けれど、馬鹿ばかりのテレビ局は、俺が世間を騒がせることを言うものだから、こいつはネットのさらし者に相応しいと思ったらしく、俺をあらゆる番組に引きずり出した。

「死にたい奴は勝手に死ねばいいだろう。生きたい奴は勝手に生きてればいいだろう。死にたかったけどやっぱり死にたくなくなった奴は、やっぱり生きてればいいんだし、生きたかったけど死にたくなって、また生きようと思って死なないといけないと感じた奴は、もう好き勝手に悩んで悩んで生きて死ね」

屋上から飛び降りた彼は、どうやら一命をとりとめたらしい。
「残念だったね。次はどんな死に方がいいのかな、それとも生きることにしたのかな」

「それでね、自由に思考して、自分の一つ一つの思考をリスペクトするべきだ。他人の思考の一つ一つもリスペクトするべきだ。って考えたら、自殺を止める理由はどこにもないだろって言ってるんだ」

ある日俺は電車を待っていたら、突き落とされて、線路に落ちた。
骨が折れて、動けない。
電車がきた。

俺を落としたのは、ビルから飛び降りた彼だった。
「いいね」
と彼はいった。
「そうきたか」
俺は彼の思考をリスペクトしていたから、怒りはなかった。自分自身の思考もリスペクトしていたから、少し未練があって、怖かった。

もう少しだけ、カメラの向こう側の人々の思考もリスペクトしていればよかったかな。
「死ぬな、生きろ!」ってね。どうかな。

つまり俺は、全てを肯定しているってことだ。生きようか、死のうが、悩んでいようが、苦しんでいようが、殺されようが、なんだろうがな。それしかできないし。ALL YOU NEED IS LOVEだよ。きっと死ねるって。

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