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カジノディーラーデビューの日
もう20年近く前のことなのに、今でも鮮明に思い出すディーラーデビューの日。緊張と不安に押しつぶされそうだった。一生懸命練習し、ルールも頭に入っているはずなのに、「本番」という言葉の重みに圧倒されていた。
ディーラーデビューの日であることはマネージャーたちも当然知っているため、比較的簡単なテーブルに配置されるはずだった。しかし、あいにくその日は国際的な祝日。カジノフロアにはプレイヤーが溢れかえり、ただでさえ緊張していた私は、その光景を見てさらに動揺した。
バカラとブラックジャックのテーブルを、休憩を挟みながらディーリングすることになった。だが、最初のシャッフルの時点で手が震えているのが自分でもわかるほどだった。
テーブルのベット金額は$10~$100程度と小さめだったが、私にとって金額の大小は関係なかった。「今、実際のカジノでディーラーとして働いている」という事実が、嬉しくもあり、恐ろしくもある──そんな不思議な感覚だった。
海外のカジノで働くということ
当時、日本にはカジノがなかったため、私は海外のカジノで働いていた。「日本には存在しない職業に、海外で就いている」という特異性に強く魅力を感じていた。振り返ってみると、ディーラーという仕事が特別好きだったわけではないかもしれない。計算が得意なわけでもなく、接客が好きだったわけでもない。それでも、「海外で珍しい仕事をしている」という事実が、何よりのモチベーションだった。
新人ディーラーの試練
当然、テーブルではミスもあった。優しいプレイヤーなら、しっかり謝罪し、スーパーバイザーが処理をすればすぐにゲームを再開できる。しかし、感情的なプレイヤーに当たると、まるでこの世の終わりかのような修羅場が待っていた。
いい歳の大人が泣きたくなるほど責め立てられ、人格を否定するような言葉を浴びせられることもあった。それでも、交代の時間が来るまでは、ひたすらディーリングを続けなければならない。今となっては笑い話かもしれないが、新人だった当時の私にとっては、まさに地獄のような時間だった。
スーパーバイザーという存在
スーパーバイザーをはじめとする上司もまた、人間だ。トラブルが起こった際のリアクションは、それぞれ異なる。
厳しいスーパーバイザーに当たれば、ピシャリと「新人のくせに調子に乗るな」と突き放されることもあった。一方で、優しいスーパーバイザーの場合は、ミスを責めることは決してなかった。それどころか、感情的なプレイヤーから新人の私を守ってくれることもあった。
ある日、理不尽に怒鳴られた私を庇ってくれたスーパーバイザーに、後でお礼を言うと、「何を言ってるんだ?それが私の仕事だろう。」と笑って肩を叩かれた。その瞬間、ありがたさに思わず泣きそうになったのを覚えている。
新人の頃のエピソードはまだまだ尽きませんが、今日はここまでにしておきます。