人間関係についての他愛無い対話
とある店の休憩室にて、二人の男が弁当を食べながら会話している。
「俺は思うんだけどよ、人間関係ってのは家族だろうが恋人だろうが友だちだろうが、なんだって利害関係で成り立ってるんじゃねぇのかな」と杉下は誰に言われるでもなく部下の宮下に語り始めた。
「なんだかドライな考え方っすね」
「だってよ、親にとって子供ってのは遺伝子を残すっていう生き物の本能的な利益なんだろうが、それ以外にも老後の世話をしてもらえるとか、死ぬときに独りじゃねぇとか、何か自分は成し遂げたっていう達成感とか、そういう利益があるんだよ」
宮下は納得したような、してないような曖昧な表情を浮かべたが、構わず杉野は続ける。
「そうだろ?友達だってそうだ。何か一緒にいておもしれぇとか、話が合うだとかそういう利益があるから友達でいられるんだよ。で、今大して付き合いのないやつを友達だって思えるのも、そいつが思い出っていう利益を提供してるからなんだよ。」
人参やきゅうりで彩りを確保したポテトサラダを頬張りながら「思い出が利益って、なんか利息みたいな感じっすね。」と宮下が返す。
「お前頭良いな。それだよ利息ってやつだ。人ってのは放っておいたら感情が薄まるんだよ。週に一度も来ない客の顔なんか覚えられねぇのと同じだ。」
宮下は上司の不真面目な勤務態度に小言を言おうとしたが、それで給料が増えるわけでもないのでお茶と共に飲み込んだ。
「でも思い出があれば別だ。たまにそいつと何やったか思い出して、面白かったなとか思うんだよ。ほら、ここで面白かったって気持ちになったろ?ここで利益が発生してる。」
「まぁ確かにそうかもしれないっすね。ってことは、逆によくない思い出があったら借金の利子みたいに、精算しないといつまでも負の感情が残り続けることになるんすね。」
そこで杉野は神妙な顔になって「そうだな。だからお前も気をつけろよ。ずっと前に作った借金が雪だるまになって落ちてくるかもしれねぇからよ。」とまるで経験談を話すかのようなしみじみとした口調で語った。
「お前もってことは先輩は何かやらかしたんすか」
杉野は「俺がそんなヘマするわけねぇだろ」と返して、いつの間にか食べ終わっていた弁当をゴミ箱に捨てながら休憩室から出て行った。彼が説教臭いこと言うときは大抵何か失敗をしたときだし、訊き返すと決まってバツが悪そうな顔をして部屋から出て行くのだ。
それなら始めから言わなければいいのにと宮下は思うが、あれは一種の懺悔だったりするのだろう。それに付き合わされる身になって欲しいものだが、そういうときは弁当を奢ってくれるので文句は言わない。これも利害関係というやつだろうか。