自己実現至上主義の罠
マズローが提唱した人間の5段階欲求はあまりにも有名です。
動物としての生存欲求から、人としての社会的な欲求、そしてその先に個としての自分の理想が実現されることと定義されていることに対して、多くの人が違和感なく受け入れ、なるほど、その通りだと思われていると思います。私も若い時にこの図を見て、確かにこの通りだと思いました。
生きる本当の目的は?
しかし、50歳を遠くすぎた現在、冷静になってよく考えてみると、マズローの人間の欲求段階の定義に対してそこはかとない違和感を感じます。
自己実現を叶えたい。と言う欲求を人が持っていること自体に対して異論はありません。私自身もその欲求の塊でしたし。それでも、それは人は生きる本当の目的にはなり得ないのではないかと強く思うのです。
ちなみにマズローは晩年、5段階の欲求階層の上に、さらにもう一つの段階があると発表しました。それは「自己超越」のレイヤーで、「目的の遂行・達成『だけ』を純粋に求める」という領域です。
見返りも求めずエゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭し、何かの課題や使命、職業や大切な仕事に貢献している状態に人は進みたいと欲するはずだ。とマズローも年老いてから説いています。
残念なことに、このくだりは後からの付け足しの上に、5段階欲求の先の特別な位置付けになってしまったが故、時別な人だけが到達する悟りの世界のように捉えられ、世間一般にはあまり認知されていません。
私が感じる違和感は実はこの部分にあります。
行き過ぎた個人主義の結末
個人としてやりたいこと、なりたい自分の達成が人としての欲求の終着点であり、それを誰もが受け入れるならば、この社会はバラバラになり、最終的に社会としての機能はなくなってしまうのではないかと思います。
私たち人間(ホモサピエンス)は、完全に地球の覇者となりましたが、現在、地球上に野生の動物は4%しかいないと言われます。
80億人もの人間と、その食料となる家畜が地球を覆い尽くしています。そんな圧倒的な強者である人間が、全員それぞれの自己実現のために生きるのが是とするならば、遠くない未来に地球は破綻してしまうしかなくなります。
人間=社会の原則
実は、地球にはネアンデルタール人が私たちよりも先に誕生していました。彼らは、ホモサピエンスよりも屈強で脳も大きく賢かったと推測されています。
しかし、強く賢かったネアンデルタール人ではなく、ホモサピエンスが地球の覇者になった背景には、集団になり、助け合い、補完し合う共同体を作る力を持っていたからだと言われます。
社会を作れたから人間が存在している。これが真実ならば、人間(動物)として生きる根本的な目的の1つである、種を残し、未来に子孫をつなげる本能が求めるのは、社会の構築であり、その維持であっても何らおかしくありませんし、むしろ、それを欲することの方が自然に感じます。
資本主義経済=自己実現至上主義
人間と動物の違いは、火を使えるとか、言語を司るとか、道具を使えるとか様々ありますが、1番大きな違いは未来を信じられる能力だと言われます。この能力があったからこそ、目先の快楽だけにとらわれることなく、未来を信じて働くことができたし、人に協力することができたし、社会を形作ることができたはずです。そしてそれは、そのようにしたいと思う人間の欲求があったから生まれたに他なりません。人間の欲求に合わせて世界は作られているとも言えるのです。
現代社会は圧倒的に個人主義が認められ、個の尊厳を守ることこそが何よりも重要だとされる風潮がすっかり浸透しました。
これは、マズローの5段階欲求に基づいて自己の実現を尊重する流れでであり、同じ文脈で全体主義的な共産主義、社会主義は衰退して、資本主義経済が台頭して世界中が経済的にカップリングすることになりました。
その結果、格差と分断が極まり、世界中で戦争が巻き起こり、今や第3次世界大戦の開戦、人類を滅亡させる核戦争がいつ起こっても驚かない状況に陥ってしまいました。これは個人の欲求、自己実現を目指す意識の集積の結果です。
自己超越がアタリマエの社会へ
そんな世界の様相を見ていると、自己実現至上主義は、結局、持続可能性がないことを今の世の中は如実に示しているのではないかと思うのです。
では、どうするか?
その解は上述したとおり、「見返りも求めずエゴもなく自我を忘れてただ目的のみに没頭し、何かの課題や使命、職業や大切な仕事に貢献している状態」を人の欲求の6段階目にあるのだと、広く認知されることです。
衣食足りて、社会に認められ、自己の尊厳を保てるようになった先に、誰もが世の為、人の為に働くのが当然だと世界の人が認知するところからではないかと思うのです。
少しでもより良い世界を次世代を担う子供達に残したい。美しい地球を壊したくないのは人類共通の願いであり、欲求だと思うのです。
New Standardは少し前のアタリマエ
私が小学生の頃、父親が私に呪文のように繰り返し言い続けていた言葉は「人は社会に生きるから人やぞ。社会とは切り離して自分を考えたらあかんで。」との言葉でした。
福沢諭吉先生が上梓された日本人に最も多く読まれた書籍「学問のすゝめ」の中で、「万物の霊長たる人間は、目的を達せねばならない。」と書かれています。目的とは、先人たちが切り開いた文化文明の恩恵に感謝し、更に進化させ、次の世代に繋ぐことであると断じられています。
マズローが晩年になって付け足した自己超越の概念は、古来から日本に根付いていたのです。
この事実を改めて見つめ直し、私たちは自己実現は至上の目的でも目標でもないんだと、その先を見据えて人生を生きていこうと、新たなスタンダードにすることで持続可能で平和な世界を望めるのではないかと思うのです。
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志を立てることを中心に据えて日本の教育を変えるプロジェクトを進めています。
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