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満月の水と月光欠乏少女 #妄想ショートショート
身の回りの出来事から想像して物語をつくる、妄想ショートショート。今回は、SNSに流れてきた“とあるニュース”に出た「満月の水」という単語から、物語を妄想してみました。
それではどうぞ。
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月光欠乏症
A「娘さんはどうやら、月光欠乏症のようです」
白衣を着た男Aは、不安そうな顔を浮かべる男Bに、そう伝えた。
B「げっこうけつぼうしょう? なんなのですか、ソレは」
聴診器が怖かったのか、「もう終わり」との合図にBの娘は安堵の顔を浮かべた。一方のBはと言えば、焦点の合わない目で医者の顔を見ている。
A「私も、直接この症状の人を看るのは初めてなので詳しくないのですが。お話を聞いた限りでは、ほかの月光欠乏症の方と同じモノでほぼ間違いなさそうです。ちなみにBさんは、宇宙旅行に行ったことはありますか?」
B「ええ、ずいぶんと前ですがね。中学生の頃に」
20XX年、すでに宇宙旅行は一般人にとって遠い存在ではなくなっていた。Bに至っては、学校の修学旅行の行き先が宇宙だった程だ。
A「やはりそうでしたか」
B「だからといってそれが、娘の病気にどう影響するというんです」
A「詳しくはわかっていませんが、過去の例でも、こうした症状の子供の両親のどちらかが、宇宙旅行を経験していた、というパターンが非常に多いんです」
B「なんと。治す方法はあるのでしょうか」
A「ええ、治療する方法はあります。成功する可能性も高いでしょう。ただ……」
B「なんだい、もったいぶらずに教えてくれよ」
A「治療には、『満月の水』が必要なんです」
***
Bの娘は、昔からよく眠る子だった。生まれてからずっと、そして5歳になった今でも。少し変わっているのが、毎日、日が落ちるとともに眠り、日の出とともに目を覚ますことだ。一見、規則正しい生活をおくってるだけのように思えることだろう。それがなにか問題でも? と言われると、Bにはそこに対する明確な答えがあるわけではなかった。
しかし、不思議なことは多かった。周囲からは「手のかからない子だね」とうらやましがれていたが、Bの夫婦は娘の夜泣きに“一度も”悩まされたことはなかったし、そして娘は夜に眠ると、決して朝まで目を覚まさなかった。これまで5年間、ずっとだ。
今回、娘を連れて病院に来たのは、ある一言が原因だった。
娘「おつきさまって、なぁに?」
Bの娘はまだ一度も、月を、そして夜空を見たことがなかった。
B「娘に、夜空を見せてやりたいんだ。特に娘は、月に関心があるようでねぇ。そのためには『満月の水』だろうがなんだろうが、用意してみせますよ」
A「そうですか……。それでは、Bさんに知り合いの医者を紹介しましょう。私から紹介状を書いておきますよ。ちょっと変わってる奴ですがね、腕はたしかです」
B「それはありがたい。ちなみに変わってるって、どこがだい」
A「そうだねぇ、住んでいる場所が変わっている」
B「もしかして」
A「月旅行は、修学旅行ぶりですかね」
数週間後、Bは月への短期旅行から地球へと帰ってきた。手には、月で医者からもらった『満月の水』とやらが入った容器を握りしめている。
B「やぁ、久しぶりだね」
A「お帰りなさい。無事、帰ってきましたか」
B「あぁ、驚いてばかりの旅だったよ。まさか医者が宇宙人だとはね。顔を見て度肝を抜かれたよ」
A「言っておいたじゃないですか。“変わっている奴”だって」
B「変わりすぎだよ。まぁ、今となっては宇宙人なんてそこまで珍しい存在でもないけどね。それにしても、前回月へ行ったのは数十年前のことだったが、今はあんなに簡単に行けるようになっているんだねぇ。宇宙エレベーターなんて、数年前には絵空事だと思っていたが」
A「技術の進歩には、私どもも驚いてばかりです。医療も進化していますからね。人類はガンの恐怖から救われ、皆さんが天寿を全うするようになりました。まぁ、その分新しく見つかる病気もありますがね。さて、でもその悩みのタネの1つとも、もうオサラバです。さっそく、娘さんにその水を飲ませてあげてください。今日の夜には、病気も治っていることでしょう」
B「なんだ、それだけでいいのか。早速やってみよう」
早速Bは、保育園帰りの娘に水を飲ませた。当たり前だが、まだ昼のことだったので、すぐに変化は見られない。
B「うーん、苦労して手に入れたはいいが、本当に効果があるのだろうか」
***
そうしてBと娘は自宅に戻り、夜を迎えた。あたりが暗くなる。娘はいつも通り寝室のベットに横になっていた。
B「おい。起きているか」
娘「……」
B「おい、どうなんだい。今日は満月だよ」
娘「…………」
B「なんてことだ、なんの変化もないではないか!」
そう叫ぶと、その声に反応したのか、娘がムクリと上体をあげた。
娘「どうしたの?パパ」
安堵に顔を緩めつつ、Bは娘にこう言った。
B「最近お父さんが行っていた場所を、一緒に見ないかい?」
娘「うーん、眠いからいいよー」
B「そう言わず、ほら行くよ。今日は曇ってないから、星も綺麗に見えるハズだよ。お月様もね」
男は娘の手を引き、家の屋上へと登った。こうして、夜に2人で屋上に来たのは初めてのことだ。
B「ほら見てごらん。見るのは初めてだろう?」
娘「きれい」
眼前に広がる星空を、男はいつにも増してキレイだと思った。きっと娘の目に映る初めての夜空は、それよりもはるかに魅力的に映っていることだろう。
B「まだ、眠いかい?」
娘「ううん。……もう少し見ていてもいい?」
B「そうだな。でも、あんまり夜更かしするなよ」
Bは、娘に初めて掛けたその言葉に、父親らしさを感じ、少し誇らしくなる。そして、人生で初めての“夜更かし”をする娘を見て、微笑ましくも思う。
娘「おつきさま、はじめて見た。きれい。おほしさまも」
Bの視界を、こぼれる涙が邪魔する。霞む満月は、まるで川面に映っているかのようにゆらいだ。強く目をつぶる。視界が明瞭になり、次は目を丸くした娘が見えた。そのきらめきは満月にも劣らない――なんて、親バカだよな、と笑ってしまう。その笑顔のまま、娘に声をかける。
B「月の形は毎日変わるんだ。また、明日もちょっとだけ、夜更かしをしようじゃないか」
世界は変わっても、幸せの形はそう変わるものじゃないな。なんて、そんなクサイことを考え、Bは娘をそっと抱きしめた。柔らかな月の光が、そんな2人をまた、そっと抱きしめていた。
【おしまい】
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神社が好きなので、実際に自分がいった神社の写真を紹介しながら楽しみ方を伝える「神と社記」や……
生活の中で思わず想像してしまった物語「妄想ショートショート」、
仕事で訪れた先での旅行記やコラムを綴った「旅する編集記者」、
恥ずかしげ満載で、オススメ本を語る「ぼくの本棚」など、随時更新中です。
今回の妄想のタネ
今回の妄想のタネは、こちらのニュース。満月の水は、単に「満月の日に汲んだ水」なんだとか。ほんとに美容効果なんてあるんですかねぇ
そういえば今回、『満月の水』についての詳細は言及してませんでしたね。ということでぜひ、また「水」の話をしましょうか。……といってもこっちの話の舞台は月ではなく、太平洋。そして、そこでたった一頭で泳ぎ続ける“孤独なクジラ”、通常『52Hz』のお話です。
世界一孤独なクジラは、何を思って海を泳ぎ続けているのでしょうか。妄想してみました。
今回も読んでくれてありがとうございました!はじめましての方も、お久しぶりの方も、以後お見知りおき。フォロー&スキしてくれたらめっちゃ喜びます。
それではまた次回!
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