食べないで
子供のころ、カボチャを嫌がる僕に母親が
「カボチャさんも『おいしく食べて』って言ってるから、食べてあげなさい」
みたいなことを言って、食べさせようとしていた記憶があります。
おかげで偏食が治り、いまではカボチャの天ぷらが好物となりました。
…なんて話をして、
「オレってちょっといい話してるかも」
と悦に入っていたのですが…。
斜め向かいに座っていたAさんが、冷ややかな発言をしました。
「カボチャは『おいしく食べて』なんて思ってないですよ」
以前、SNSで食育のコミュニティを運営していたときに、オフ会を開きました。
これはそのオフ会での出来事です。
食育の集まりということで店選びには苦労しましたが、なんとかそれっぽい居酒屋をチョイスしたところ、濃いめの人たちが参加してくれました。
栄養士の人とか食レポのライターさんとか、野菜ソムリエの人とか、農家の2代目とか、環境問題に取り組んでいる人とか、シェフとか、大学院で食品化学を専攻している人とか、ローフードやってる人とか。
そのなかにAさんもいました。
たしか自己紹介で教師だと言ってたかな。
自分の発言でその場が白けたことに気づいたAさんは、あわててつけ加えました。
「違うんです。私、子供のころから奇妙な感覚があって…」
そう話すAさんは、さっきから何一つ口にしていないようでした。
以下、Aさんの話です。
▽
私、料理をするとき変な感覚が湧くんです。
食材が嫌がっているのがわかるんです。
食べるときにもそう。
料理が苦しんでいる感覚が伝わってきます。
何かが見えたり聞こえたりするわけじゃないんですけど、感じます。
たとえば包丁で野菜を切るたびに、野菜が痛がる感じがして。
野菜だけじゃありません。
肉を焼けば「熱い」と苦しむ感じがするし、魚を煮れば「やめてほしい」っていう感じがするし、リンゴをかじるとリンゴが泣き叫ぶ気配がします。
ごはんを咀嚼すると口の中で悲鳴があがる感覚があるし、スープを飲むと「助けて」って聞こえるような気がします。
子供のころはそれがイヤで、食事の時間が苦痛でした。
いまは気にしないことにしています。
食材が叫ぼうが料理がわめこうが、完全無視してます。
ですけど、完全無視をずっと続けてたら、最近、食材や料理からものすごい怒りが伝わってくるようになりました。
ええ、何かが見えたり聞けたりするわけじゃないんですけど、伝わるんです。
いまもね、いっぱい伝わってきます。
怒ってます。
生きるためとはいえ、人間って、ほかの生き物の命を奪ってますよね。
食物連鎖のトップにいるじゃないですか。
殺されることのない人類に対して、何かが怒っているのかも、って思います。
だけど、私が人類代表で怒られるいわれはないですよね。
なんで私だけこんな感じがするんでしょう?
私にどうしてほしいのでしょう?
いちおうカウンセリング受けて薬も飲んでいますけど、治った気は全然ないです。
だから先ほどのカボチャの話、どうしても共感できなくて…。
▽
話し終わったAさんは、
「雰囲気を壊してごめんなさい。お先に」
といって居酒屋を去りました。
微妙なオフ会になってしまいました。
AさんはSNSからも姿を消し、その後の消息は不明です。
ですが僕はAさんに対して言いたいことがあります。
Aさん。
あのときの会費、Aさんだけ未払いなんですけど。
いい加減、払ってくれないでしょうか。
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