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急変の夜、私は能無しになった
「能無し」って言われたあの日。
病院っていう場所は、いつだって予定通りにはいかない。
今日こそ定時で帰るぞ!って思っていても、そんな日に限って患者さんが急変する。
別に患者さんは急変したくてしてるわけじゃない。誰も悪くなんてない。
あの日もそうだった。
日勤が終わって、よーし!帰るぞーっていうタイミングでナースコールが鳴っていた。
ステーション内に遠隔で飛ばしている心電図のモニターは、明らかにまずい波形がながれている。
心穏やかでいられない緑色が、小さい画面いっぱいに主張してくる。
心拍数は上昇して、血圧は急激に低下している。
「あれ?ちょっと、いやかなりやばくない?」
誰かが言う。
「急変だ!」
日勤のスタッフと一緒にその病室に向かう。
真っ赤な真っ赤な、救急カートをものすごい勢いで押しながら。
日勤の時間帯は終わっていて、今はもう夜勤の時間だ。
今日の夜勤のメンバーってたしか。
顔が浮かんだ瞬間に、迷いなんてどこかに消えた。
夜勤の看護師の人数は日勤より少ないし、今日の夜勤は急変に慣れてないスタッフでの構成。
彼女たちを信頼してないわけじゃない。
ただ、経験が少ないとどうしても対応が遅れたり、医師に連絡することさえ躊躇うことがある。
なんで分かるかって?
だって、私自身ががそうだったからだ。
「手伝うよ」
そう言って、そのまま病室に入って処置を開始した。
日勤が終わったのに、なんて考えてる余白はなかった。
ご家族に連絡して。どのくらいで病院に到着するかも一緒に確認して。ご家族はあわてると思うから、必ず安全に気をつけてきてくださいの言葉を忘れずにね。
話す言葉が難しかったら私が代わるから、すぐに電話をまわして。
点滴もう一本とるよ。大丈夫、私が点滴とるから記録をして。必ず時間となんの薬を何mgまで投与したかも書いてね。口頭指示は必ず復唱するよ。大丈夫だよ、できる!
先生もう少しで病棟くるから、それまでやれること全部やるよ。
慌てない。迷ったら声に出して。誰も敵なんていないよ。ここは全員味方だけ。
自分が出来ることひとつずつ確実にやろうね。
ルートを確保し、必要な薬を準備する。
目の前の患者のために、淡々とそれだけをやり続けた。
昔はあんなに手が震えたのに。いつのまにかそんなのは無くなっていた。
気がつけば、残業だった。
でも、それは別にいい。やるべきことをやっただけ。
患者が落ち着いた頃には、1時間以上経過していた。
じゃあ、おつかれさま!あとはお願いね!そう夜勤のスタッフに言ったら
「本当に助かりました」という声が返ってきた。
その数日後。
別の病棟の役職者に呼ばれた。
「あの日急変した人いたんでしょ?残業したらしいね」
ああ、バレたか。そういうことだけは嗅ぎつけるの早いんだよな。
やっぱり残業はあまりよく思われないんだろうな。そう思ってたら、その次の言葉が想像以上だった。
「夜勤のスタッフのこと、信頼できないの?」
「夜勤のスタッフたちに任せないと、成長しないよ?」
ここまでは、まあ想定内だ。そう、このあとだ。
「無駄な残業を増やす能無しがうちの病院にいると困るんだけど」
能無し。
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