一人ぼっちになんて、させてあげない
「出て行ってよ、人殺し」
何故か私には、その言葉は
「たすけて」に聞こえて仕方なかった。
彼女はずっと泣き叫ぶ。
どんな言葉をかけたらいいのか分からなくて。
どんな顔をしたらいいのか分からなくて。
唯一私が言えたのは、
「また明日うかがいますね」
だった。
仕事の帰り道。
知らないうちに目から涙が溢れてくる。
涙を拭いても拭いても。
ずっと止まらない。
なんでこんなに止まらないんだろう。
もう看護師を辞めようかな。
こんなに泣くなんて。
割り切れないなんて。
きっと向いてないんだ。
そう思いながら家に帰る途中だった。
「え? 本当に私がするんですか?」
医師から言われた言葉の意味が分からなかった。
絶対嫌だ。
そんなことしたくない。
その気持ちが強くなって、
思わず心の声を口にした。
彼女は私が働いている婦人科病棟に、
先日入院してきた。
隣には産科の病棟。
いつも赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて、
時々とても辛くなる。
彼女が入院してきた理由は、
出産という名の堕胎だった。
お腹の中の赤ちゃんは、
これ以上は彼女のお腹のなかで育つのは難しい。
その処置のために入院してきた。
出産は処置とは言わないのに。
堕胎は処置と呼ぶことに、
私は今でも慣れていない。
陣痛促進剤を使って出産と同様にするけれど。
だけど。
産まれてはくる。
ただし。
赤ちゃんはこの世界で育つことはできない。
そんな現実があることを、
婦人科で働くまで私は知らなかった。
医師からは、
「赤ちゃんが産まれた時に、
泣き声が聞こえたらママはトラウマになる。
そんなケースが多いんだ。
だから、産まれた瞬間赤ちゃんの口を塞いで」
私は仕事でそれをした。
何で私がしなくてはいけないんだろう。
何万回思ったか分からない。
私は何のために、
看護師という職業を選択したんだっけ。
私の手の中で赤ちゃんは息をひきとった。
あたたかかった赤ちゃんは、
少しずつ冷たくなっていく。
彼女が赤ちゃんと会う時には、
このあたたかさは知らないのか。
そう思うと
また私の気持ちは暗くなった。
私がしたことを、彼女は知らない。
でも病室に行ったときに。
「出て行ってよ、人殺し」
そうやって泣き叫んでいた。
私の赤ちゃんを返して。
そうやってずっとずっと叫んでいた。
病室を出た時に、
彼女のご主人が立っていて今にも泣きそうな、
そして申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「今は奥様のそばにいてあげてくださいね」
自分の右手をぐっと握りしめて、
笑顔でご主人に話しかける。
短く切っているはずの爪のあとが、
手に深くはいっていた。
ナースステーションに戻ってから、
医師に言われた。
「一番辛いのも、悲しいのも今は俺らじゃない。勿論俺らだって死ぬほど辛いけど、これが出来るのも俺らしかいない」
先生と一緒でよかった。
先生とじゃなかったら、
私はそこで退職届けを書いていたかもしれない。
そんなことを、
右手の爪のあとをみながら、ぼんやりと思った。
仕事場では泣かない。
私はずっとそう決めている。
電車の中でスマホを出してFacebookを開いた。
友達がシェアしていた記事が目に入る。
その記事は、
「プライドって、何ですか?」
からはじまっていた。
プライドは武器ではなくお守りにしよう。
そんな記事だった。
お守りなら、
握りしめても血は流れないし痛くない。
看護師であるということを。
尊敬する医師に、
これは俺らにしかできないと言われたことを。
お守りにしよう。
そうやって決めた。
その記事を読みながら私はまだ泣いていて、
降りる駅は何駅も過ぎていた。
次の日。
看護師として働けたのは、
その記事を読んだからかもしれない。
彼女は誰とも目を合わせず、
最小限の会話しかせず退院して行った。
それでも私はずっと話しかけた。
あなたを一人ぼっちになんてさせたくなかったから。
何もできなかったな。
そう思いながら、
慌ただしい日々は過ぎて行った。
「おはようございます。今日もいい天気ですね!」
君は相変わらず元気だな
そうやって患者さんから言われる。
私はずっと働いていた場所を辞めて、
違う場所で看護師をしている。
数年後、一緒に働いていた医師から聞いた。
「あの人妊娠して無事に産まれたぞ。
会いにきたのに辞めたって聞いて残念がってた」
そして私への伝言を教えてくれた。
「あのとき、私はあなたを傷つけたのに。
自分が世界で一番不幸だと思って、
最低なことを言ったのに。
一切私を否定しなかった。
ありがとうって言えるまでに、
こんなに時間がかかった。
あのときの私のこと。
責めないでいてくれてありがとう」
たまに、看護師って大変じゃないですか?
しんどくないですか?
そうやって聞かれる。
私は楽な職業なんて、
ひとつたりとも無いと思ってる。
それを踏まえての答えは、
しんどいし、大変だし。
看護師を辞めようと思った回数だけで、
宝くじの当選確率があがりますって言われたら
私はすでに億万長者だ。
ただ、
しんどいだけ。
大変なだけ。
という仕事なわけでも無い。
あの記事が私を助けてくれたように。
もしかしたら、
私も患者さん達を元気にできるエネルギーを持っているのかもしれない。
いつか私も。
誰かを笑顔にさせて、元気にできるような。
そんな人になれますように。
どうか看護師という職業が、そうでありますように。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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