小さな小さな愛しきヒーロー
レン君のお母さんからなんだけど、
担当を外して欲しいとの要望がありました。
師長が私の顔を見ながら
少し心配そうに話す。
「分かりました。
レン君には私からは言えないので、
師長から伝えてください」
そうやって師長に伝えて仕事を終える。
心配した同期が残っていてくれて、
一緒に帰った。
「私ってダメなのかな」
私の言葉に同期のひーちゃんは、
「それは違うよ」
と即答した。
レン君はサッカーが大好きな5歳の男の子。
公園で走り回っていたある日。
急に歩くのも立つことさえも出来なくなった。
医師からは、もう歩くのは無理。
歩ける可能性としては5%
レン君のお母さんが医師からその話を聞いた時
私は一緒に同席していた。
レン君の夢はヒーローになること。
いつだって正義の味方に憧れるレン君は、
弱音を言わなかった。
レン君は私を「しょうこちゃん」と呼ぶ。
しょうこちゃん、
きょうもリハビリいっしょにやろう
歩けないことに目を向けるんじゃなくて、
歩ける可能性を信じてリハビリを頑張るレン君に、
私は何度励まされただろう。
レン君、私ばっかりじゃなくてさ、
他の人ともやっていいんだよ?
お母さんとだってやってもいいんだよ?
そう話したら、
みんなちゃんとやってくれないから。
かわいそう、いたそう、つかれたでしょ?って。
やめちゃうから。
だからしょうこちゃんがいい。
リハビリ中にレン君は
「いたいいたいー」
と叫ぶ。
レン君の声の調子と顔色をみながら
はい、まだやりますよー。
そうやって私とリハビリをしていた。
その光景を見ていたレン君のお母さんは、
もうあんなに辛そうな姿を見ていられない。
あんなに頑張る必要はない。
あの看護師が担当だとレンが可哀想だ。
レンは痛いって言ってるのに。
担当になることを辞めて欲しい。
そう師長に伝えていた。
レン君から担当を外れたことを知った担当医は
「お前が悪いわけじゃないよ。
でもな。
やっぱり親は受け入れるのに時間はかかるだろ」
そんなことを言われたけど、
あまり頭に入ってこなかった。
じゃあレン君の気持ちは?
と生意気にも反論しそうになったからだ。
夜勤中にレン君の泣いてる声がする。
先輩が担当だったけど、
「話すくらい別にいいでしょ、
何か言われたら私から師長に伝える」
そう言ってくれて、レン君の部屋に行った。
怖い夢でも見たの?
そう話す私にレン君は、
リハビリが思うようにいかないこと。
もっと頑張りたいのに途中で終わっちゃうこと。
なんでしょうこちゃんがやってくれないの
そう泣きながら話していた。
レン君はヒーローが好きだよね。どうして?
そうやって聞いたら
「ヒーローはかっこよくて、つよいから。
パパはいないけど。
ママにかなしいかおをさせちゃうから。
ママのこと、まもってあげたいから」
そんな答えが返ってきた。
「ねえ、しょうこちゃん。
ぼくがヒーローになれるのはなんパーセント?」
ああ。私はやっぱりダメかもしれない。
君はきっと、答えそのものじゃなくて。
私がなんて答えるか知りたいんだよね。
「レン君は歩きたいんだよね。そうだな。
そうしたら、
ヒーローになれるのは5パーセントくらいかな」
なんてひどいことを子供に言うんだと
そう怒る人のが大半だろう。
歩ける可能性は5%
そんなことをもう少しやわらかくしながら、
医師から話を聞いていたレン君は、
「あるけるのといっしょなんだね!!
ぼく、リハビリがんばる!!」
そんなことを言っていた。
5%という数字をひたすら信じて。
大人だってすぐに諦めるようなリハビリを。
涙を浮かべながら、まだやると言って頑張って。
なんでこんなに頑張ってるのに
大人の私たちが頑張らない理由はどこにあるんだろう。
がんばったらヒーローになれるんだね!!
夜中に泣いていたレン君の顔は明るくなった。
夜勤中のやりとりを先輩が師長に話していてくれた。
次の出勤の時に、師長から呼び出された。
師長同席の上で、
レン君のお母さんが私に話をしたいらしい。
レン君のお母さんは今にも泣きそうだった。
「ずっと正常に育ってきたんです。
いきなり歩ける可能性は5%って。
リハビリだって辛そうで可哀想で。
でもレンがあなたに担当して欲しいって
ずっと言うんです。
もう、どうしていいか分からないんです」
私が師長の顔を見ると、師長は何も言わなかった。
一度深呼吸をする。
このまま担当を外れる?
なら、することは一つだ。
可哀想可哀想って。
なんでレン君自身の気持ちを聞かないんだろう。
夜勤の時のレン君の顔が浮かぶ。
「私は、レン君が頑張ると決めたなら。
それを一番に応援したいと思っています。
リハビリの件では、
ご心配させるような気持ちにさせてしまったこと。本当に申し訳ないと思ってます。
ただ。
レン君自身が5%という数字を、100%だと思って頑張るなら。
私もそれを応援したいだけです。
もう歩けなくてもいい。
そうやってレン君は思ってません。
ママのために。
ママに笑って欲しいから、
ママを守りたいからヒーローになりたい。
そうやって話してくれました。
応援する側が先に諦めたなら、
レン君はこの先大人を信じなくなります」
私のは感情論ばかりでなんの根拠もない。
担当を外されても当たり前かもしれない。
子供を育てたこともないくせに。
何かあったら言われてきたそのセリフを。
レン君のお母さんは一度も口にしなかった。
レン君のお母さんは師長と話がしたいと言って、
私は先に部屋から退出した。
次の日、私がレン君の担当になっていた。
師長から、
レン君のお母さんから
よろしくお願いしますって言っていたと
教えてくれた。
「あー、しょうこちゃんがたんとう?
やったー。おかえりー」
レン君はそんな風に笑った。
医師の治療方針。
同期や先輩、
後輩たちとレン君のこれからの看護。
リハビリの状況。
いろんなことをカンファレンスしていくなかで。
日々は過ぎていった。
医師とそろそろできるかもしれない。
そう話して、用意した空間。
転びそうだけど、手は出さない。
1メートル。
支えはなにもない。
その短くて、でも全員にとって長い距離を。
レン君が歩いた。
レン君のお母さんは泣いていて、
レン君は思いっきり笑っていた。
あれからレン君は退院した。
退院の時に、抱っこさせてと言ったら
「もー、しょうこちゃんのあまえんぼー」
そうやってレン君に言われながら、
小さな小さな愛しきヒーローにハグをして、
私はレン君とバイバイをした。
仕事が終わって休憩室で、
委員会の資料をつくっているときに。
師長、先輩、同期が入ってきた。
担当外されて戻った人はじめてみたわよ
そうやって師長が笑う。
私ダメなのかななんて弱気なこというしょーちゃん、はじめてみた
同期のひーちゃん話す。
夜勤でレン君泣いてたとき、
すぐに行きたそうだったもんね。
先輩がちょっとからかいながら言う。
えー、だってー。
レン君はヒーローですから!!
私のその言葉に3人とも笑う。
カッコよくて愛しくて大好きなヒーローが。
今もこれからもずっとずっと笑っていますように。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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