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太るから、全部食べていいよ
あれはいつだったかな。
ねえ、さっちゃん、覚えてる?
「しょうこちゃんっていっつも楽しそうだけど、お仕事楽しい?私の担当で嫌じゃない?」
14歳の女の子が夜中にこんなことを聞いてきた。
拒食症のその子は、身体も心ももう限界って悲鳴をあげてるような顔と声と歩き方だった。
点滴は太るからと毎日点滴の自己抜針を繰り返し、この世にある全てのものが自分の体重を増やしてしまう敵だと思っていたような子だ。
んー?仕事?楽しいよ
いろんな人に会えるし、そんな考え方があるんだーとか
そんな生き方があるんだーとか
知れて楽しいし
さっちゃんと話せるの嬉しいし。担当で嫌とかないよ。急にどうしたの?
さっちゃんは、元の体型は標準だった。
好きな子ができて、その子にデブって言われて。
それから食事ができなくなって、口からは何も食べられなくなった。
そう、気持ちも身体もバランスが崩れ出した。
可愛くなろうって思ったり、それに向かって頑張る子に冷たい言葉をかける人は意外に多い。
それは大人になってもだ。
自分が頑張れないもどかしさや悔しさを、誰かにぶつけてるみたいだ。
「お父さんにもお母さんにも心配かけてさ。私いらないんじゃないかなって。
しょうこちゃん、私が寝れないといっつも側で話してくれるから。迷惑じゃないのかなって」
私が話したくてくるんだから何の問題もないよ
入院してないと、こんな夜更かしできないし。
本当は一緒に映画見ながらポップコーン食べたいね。何味にする?
「......太るから。だから、しょうこちゃんが全部食べていいよ」
じゃあキャラメルとー塩とー、チョコレートと。あと何にしようかなぁ。
さっちゃんが、そんなに食べるの?と笑っていた。
病室に浮かんださっちゃんの言葉は、前より少しあたたかかった。
少しずつさっちゃんは笑うことが増えた。
食べなくても、毎日点滴を抜いても。
「怪我しなかった?」と伝え続けたからかもしれない。
夜中にいつも話しかけてくるのは、誰にも言えない“たすけて”が隠れてる。
私はそれを知っている。
さっちゃんとの一番の思い出?
後輩がね。
前にさっちゃんが家族でたこ焼きパーティーしたのが楽しかったって聞いたんだって。
火は使えないから、何したと思う?
皆でフルーチェ作って食べたの
さっちゃんも一緒に。
見てるだけでも楽しいかもよ
皆騒がしいから
そういって、いろんな味のフルーチェができた
こんな意味分かんない病棟他にないわよって言いながら師長は見て見ぬふりをしてくれた。
可愛くなろうってするのは、自分を好きになろうとすること。
それって、すごくかっこよくない?