あの日の勇気を写真に映して
「あのね、写真を撮ってもらってもいいかな?」
顔を真っ赤にして、きっとありったけの勇気を出して私に言ってくれたんだろう。
ここはアミューズメントパークでもなければ観光スポットでもない。
私にとっては日常で、アナタにとったら非日常の場所。
病院だ。
「もちろんです」
そうやって答えた私は、2つ折り携帯を受け取った。
ちょっと考えてから。
「ご主人は?一緒に写りませんか?」
そう聞いてみた。
少し戸惑いながらも
「ありがとう」
と笑ってくれた。
私は病室の外にいるご主人に声を掛けた。
今日アナタはこれから、胸を切除する手術をする。
いつも気丈に振る舞っていたけれど、夜中に泣いていたのを私は知っている。
看護師は全員知ってる。
アナタが弱くて強いことを。
抗がん剤の治療が終わって、手術の日がやってきた。
胸がある自分の姿を写して撮っておきたい。
そうやって思う女性は私が想像するよりずっと多いと思う。
でも。
それを誰かに伝えることが出来るかは、また別の話。
これから手術で緊張しているのに、それでももっと勇気を出して私に写真を頼んでくれた。
カメラマンなら、私が撮るよりももっと綺麗で素敵な写真が撮れるんだろう。
でも。
ここでこの写真が撮れるのは、そして頼んでもらえるのはきっと私が看護師だからかもしれない。
ご主人も上半身裸になって、2人で寄り添う。
その笑った顔を写せたことが嬉しかった。
携帯を返す時に、ストラップが目にとまる。
「そういえば私、本物見たことないんですよ」
そんな話をしながら、アナタは手術室に向かう。
他の仕事もしながら、手術から戻ってくる前に綺麗なシーツに交換するのが私達の日常だった。
無くなった胸をすぐに見ることができなかったアナタは自分を責めていたけれど。
そんなにすぐに受け入れなくていい。
無理やり鏡で見る必要なんてない。
手術が終わって、何日か過ぎた私が夜勤の日。
ご主人が面会に来ていた。
私の顔を見ると
「あ、これだよ。見たことないって言ってたでしょ?」
そう言って、私に見せてくれた。
写真を撮った日に、携帯にストラップについていたのと同じ四つ葉のクローバー。
休みの日にご主人が近所にないかなと探してくれたらしい。
4つの葉っぱには意味が全部あるんだよと教えてくれたのは、今日ちょっとだけ胸が見れたよと教えてくれたアナタだ。
四つ葉のクローバーの葉っぱの1枚ずつ、それぞれ意味。
勇気
希望
信頼
愛情
飾れないかなと思ったけれど、丁度いいサイズの花瓶がない。
夕食のとき一緒に出たヤクルトの容器が目に入る。
「それ私にください!」
ヤクルトの容器を洗って白のビニールテープで覆う。その上から赤いハートを作って貼ってみた。
そっか。胸、みれたんだ。
そんなことを思いながら、アナタの机に飾る。
ちょこんといる四つ葉のクローバー。
退院の時まで飾られていて、家に持って帰るらしい。
退院の日。
もう一度写真をお願いされた。
変わらず携帯のストラップは四つ葉のクローバーがついている。
「どっちも私だから。そう思えるようになったよ」
アナタは四つ葉のクローバーを眺めながら話す。
「ねぇ、看護師さんってさ。全部持ってて全部私達に分けてくれるんだね」
そうやって笑いながら話すのは、きっとアナタがそれを全部持っているからだろう。
四つ葉のクローバーの1枚ずつの意味。
それを分けてもらっているのは、私達看護師です。
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