怒鳴り声の裏側に隠された秘密
「おい、こんなに苦しいのにどうにもできないなら看護師なんてやめちまえよ」
そうやって怒鳴る患者さんがいた。
誰に対しても、思いどおりにならないと怒鳴り散らす。
そんな印象の患者さんだった。
私の仕事は看護師で、痛みをとる工夫や薬の投与はできても
残念ながら神様でもなければ魔法使いでもないので、できることが限られる。
怒鳴る人に対しても、それは私たちの仕事の範疇外のため出来ないと冷静に伝えなければならない場面だってある。
それでも私はこの患者さんが怒鳴り散らすだけの人じゃないことを知っている。
怒鳴る日は、家族や仕事関係の方が面会にくるからだ。
弱っている自分を見せたくなくて、
いつまでも毅然とした姿を見せたくて。
歩くのもやっとの状態なのに、自力で洗面所まで行って髭を剃って身嗜みを整える。
お孫さんが面会にくる時は、
ご家族に美味しいものを用意させてここのが美味しいから食べろみたいな風にして笑顔になる。
にぎやかな家族の前では、自分もにぎやかな雰囲気の中にいたいのだろう。
そこに、もがくほどの痛さがくる怖さは私には計り知れない。
だから怒鳴って良いとはならないけれど
その人の怒りは恐怖からだ。
私が夜勤で担当の日、
眠れないと言って夜中まで仕事をしていた。
「身体も痛いし眠れないし、仕事でもして気を紛らわすしかねえだろ」
そんな風にいう患者さんに
お身体あたためてみますか?足浴(足湯のこと)しましょうか?
そう言った私の顔をみて
「夜中だし、忙しいだろ」
そんな風に私を気遣う返事がきた。
大丈夫ですよ、私今休憩中ですし
最近はお風呂にも中々入れないって仰っていたから、足浴しましょう!
そう言って、夜中に私はその患者さんと話すことが増えた。
もうすぐ行く外泊をとても楽しみにしていること
治療には効果があるか分からなくて悩んでいること。
家族で集まったりするイベントが大好きでにぎやかで騒がしいのが性に合っているけれど疲れないか心配なこと。
本当は治療をやめて、家でゆっくり過ごしても良いんじゃないかと思っていること。
普段の声を荒げて怒鳴り散らす姿はどこにもなかった。
人が笑っている姿が好きで、人が楽しんでいる姿が好きで。
にぎやかなことが好きだというのをその時に知った。
状態が変化したのはその数週間後だ。
ご家族や会社の関係者の方が集まって、息をひきとった。
その日の担当が私だと知ると、なぜか皆嬉しい、良かったとほっとした笑顔を私に見せてくれた。
霊安室でお別れの時、いつもは静かな雰囲気だけどその日は違った。
霊安室に一歩入った時からにぎやかな空気が流れていた。
私の顔をみて、ご家族の方が
最期まで担当してくれてありがとう。
さっきね、お気に入りのネクタイピンがあったからそれを付けたのよ、見てあげて。
そうやって身体を綺麗に拭いて、髪を整えて
思いっきりお洒落をした患者さんがそこにいた。
私がケアをした患者さんは、皆のにぎやかな声を聞いて笑っている顔していた。
車に乗るのを見送る時も
おじいちゃんって本当格好いいでしょ!
帰ったら好きなお酒沢山並べるんだ
そんな会話であふれていた。
悲しいけれど
それでも
もう苦しいことも痛いことも辛いこともないから。
どうかどうか
あっちで美味しいものを沢山食べて。
ウイスキーを飲んで、大好きな麻雀をして。
笑って過ごしてください。
好きなことを飽きるほどしてください。
私たち看護師はいつだってそうやって願っています。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
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