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さようなら わたしの騎士様

(「切ない恋愛」をテーマにした短編。百合要素を含みますので、苦手な方はお気を付けくださいませ)

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 ライブ開始まであと五分。
 そわそわ。どきどき。ざわざわ……。会場は熱気と不思議な一体感に満ちている。
 その中で、私だけがチクチク。胸が痛い。
 瞳を閉じて深く息を吐き出してみたけれど、何も変わらない。憂鬱な気持ちのまま、手にしたペンライトに色を灯した。
 シルバー。つかさのメンバーカラー。
『明日来てくれるんだよね? ……嬉しいな。ステージ、やっと見てもらえる』
 昨日、スマートフォン越しに聞いた声が蘇る。
『今の私があるのは全部杏菜のおかげだから。……本当にありがとう』

 金沢つかさは、国民的人気女性アイドルグループの主要メンバーだ。
 艶やかな長い黒髪がトレードマークの長身美人で、女性からの人気が高い。とあるファンの個人ホームページを覗いてみたら、凜とした雰囲気とキレのあるダンス、そして屈託ない笑顔のギャップにやられたのだと熱い想いが綴られていた。
 そこでの情報によると、メンバー一コスメ愛が強いのも、つかさの持ち味らしい。たしかに以前、「動画サイトにアップされたメイク術が、アイドルオタクではない女性たちからも支持されている」と、なにかの番組で芸能コメンテーターが得意げに語っているのを聞いたことがある。
 そんな彼女は、私・姫宮杏菜の幼なじみだ。
 アイドルとして活躍する姿を見て、変わってないなとも思うし、変わったなとも思う。
 同性にモテるのは昔からだけど、私がよく知るつかさは、おしゃれとは無縁の「男の子みたいな女の子」だったから。

 賑やかすぎるくらいの父子家庭で育ったつかさは、幼少期はお兄ちゃんのお下がりを着て過ごし、中学生になっても制服以外でスカートを履くことはなかった。髪型はずっと飾りっ気のないショートカット。持ち物は寒色系のシンプルなものばかり。運動神経まで抜群にいいものだから、男の子に間違えられることなんてしょっちゅうだった。
 一方の私は、少女趣味なママの着せ替え人形だった。
 いつもひらひらしたパステルカラーの洋服を身に纏い、長い髪をフリルのリボンで飾っている――田舎では悪目立ちする、苗字通りのお姫様。制服を着はじめてからは服装でどうこう言われることはなくなったけれど、「顔だけはいい」と陰口を叩かれることになった。
 人見知りなくせに強がりでプライドまで高い、厄介な性格のせいだ。
 無愛想なのは周囲を見下しているからだと勘違いされても無理はなかったと思う。
 どこにいっても人を惹きつける「顔も性格も格好いい」つかさとは、誰が見ても正反対だっただろう。団地のお隣さんとして生まれ育っていなければ、接点すらなかったかもしれない。

 そんな風に違った意味で目立っていた私たちは、常に一緒にいることでさらに注目された。
 そろって受験して合格した女子高では、つかさを独り占めしている私への嫌味と剣道に打ち込むつかさへの敬意を込めた、「姫」と「騎士様」という呼び名まであったほどだ。

『つかさ先輩って、どうしていつも姫宮先輩と一緒にいるんですか?』
『? 好きだからだよ』
『え! それって……もしかして……』
『……? ああ、そういうこと? まさか。私が好きなのは男性ですっ』
『え~~残念! 私、見込みないじゃないですかあ』
『あはは、ごめんね』

 偶然聞いた会話に胸が痛んで、ようやく恋心を自覚した。
 気づいた瞬間に失恋してしまったけれど、悲しくはなかった。好きだから一緒にいると答えてくれたことが、予想以上に嬉しかったからだ。
 幼い頃に交わした約束が彼女を縛り付けてしまっているんじゃないかと、それほど気がかりに思っていた。

『つーちゃんは、ずっと私のそばにいてくれる? どこにもいかない……?』

 お互いの不倫のせいで両親が離婚したとき、真っ暗な部屋で泣きじゃくる私をつかさは力強く抱きしめてくれた。うん、うん、と涙声で何度も頷いて。
 その日からずっと、つかさはそれこそ騎士のように私を守ってくれた。
 教室の隅でひとり読書をしていれば明るい屋上に連れ出してくれ、春は桜、夏は花火、秋は紅葉、冬はきらめくイルミネーション……すぐに曇ってしまう私の視界を美しい色に染め変え続けてくれた。
 それは全部、義務感からの行動なんじゃないかと不安に思っていた。だから、つかさが私との時間を好きだと思ってくれていることが本当に嬉しくてほっとした。
 
 だけど、高校最後の冬。ふらりと入ったドラッグストアで、化粧品を手に取ったつかさに鉢合わせたことで現実を目の当たりにすることになる。
 凍り付いた表情を見た瞬間、唐突に理解したんだ。
 つかさはずっと、女の子らしくなることを我慢していたんだって。
 おしゃれにはお金がかかるだとか、お父さんとお兄ちゃんにからかわれるのが嫌だとか散々こぼしていたけれど、変わらないでいてくれたのはきっと、私を安心させるためだったのだと。
 私は結局、つかさを縛り付けてしまっていた。

『これなんていいと思うけど? 挑戦しやすいし、お父さんたちにもきっとおかしく思われないよ』

 ごめんねと言う代わりに、ベージュ系のアイシャドウと色つきのリップを手に取って笑ってみせた。
 つかさがおしゃれに目覚めたのは、それからだ。
 化粧の仕方を教えたのも、似合う服を教えたのも私。つかさが真剣な目で『オーディション開催』の文字を見つめていることに気づいて、「受けてみたら?」と勧めたのも私だった。
 つかさのためじゃない。全部、自分のためだった。
 大好きな人に、重荷だと思われたくなかった。自分のことより親友の夢を応援する、魅力的な女の子だと思われたかった。
 ……そんなつまらないプライド、捨てておけばよかった。

『私はもう大丈夫だから』

 あんな嘘、つかなければよかった。

 初めて一人で選んだ専門学校は、思いのほか楽しい。
 自分を変えようともがいているうちに、仲のいい友達もできた。お姫様みたいな服はもう着ていないし、バイトだって始めた。自分なりに、変わってこられたと思う。
 だけど、本当は寂しいの。
 遠くにいかないでほしい。私の知らない世界で笑わないでほしい。
 ああ。こんなことを考えるなんて、本当に救いようのない馬鹿だね。

「つーちゃーん!」
「やばい、めっちゃ可愛い!」
 メンバーがゴンドラに乗って近づいてくる。スクリーンに映し出されたつかさが誰よりもキラキラ眩しいせいで、一気に視界が滲む。
 よかったね、つかさ。
 だけどごめん。やっぱり素直に喜べないみたい。
 だって、誰よりも格好いいあなたが好きだった。
『将来は結婚しようね』って冗談めかして腕を絡めた私に『仕方ないなあ』って向けてくれる、大人びた笑顔が好きだった。
 だけど、それは全部本当のあなたじゃなかったんだね。

 視線の先で、長い黒髪とスカートの裾がふわりと揺れる。
 目が合った瞬間笑ってくれたつかさは、正真正銘のアイドルで。
 下手くそな笑顔を返した私は、最初からずっと、偶像に恋をするファンの一人にしか過ぎなかった。

 さようなら、私だけの騎士様。
 ありがとう。本当に、大好きだったよ。

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