「天使のいない世界で」第1章 あたたかな場所には、とどまれなくて(8)
宿は民家を改築したものだそうで、他のところに比べて部屋数が少ないとのことだった。たしかに、今通過してきた一階の廊下には共用の浴室とトイレを含め、片手で足りるほどの扉しかなかった。
「お客さんたちの部屋は、二階だよ。あいにく建物側だから見晴らしも日当たりも良くないけど、角部屋の快適さは保証するからね」
歌うようにそう言い、女将が階段を登り始める。彼女の後ろに続いて手すりにつかまると、背中からエルの鼻歌が聞こえてきた。
(エルさん、喜んでくれてる。やっぱり、引き留めてよ