答えのない数学#6 【津田塾大学 学芸学部 数学科 原隆先生 ロングインタビュー】
全く違った対象を結びつける
原先生:普段からいろんな数学にアンテナを張り巡らせるようにはしていて――.うん,そうですね.これさえやればという風にはやっぱり思ってないというのはありますね.やっぱり境界領域っていうんですかね,分野の境界じゃないですけど,そういうところの話が結構好きだったというのはあるんです.岩澤理論なんてまさに($${p}$$進)$${\bm{L}}$$関数の特殊値という解析的なものと・・・・
編集者:代数的なものをつなぐ?
原先生:そう,代数的な対象であるセルマー群をつなげる分野で,まさに今にして思えばうってつけの分野だったという感じがします.《こういうもの》と《ああいうもの》の関係を,見た目は全然違ったものに見えるんだけど,裏で何か不思議な関係があって,どういう風になってるのかなっていうのを考えるのが好きなんでしょうね.例えば,そういうもの一つに「類似性」っていうんですかね――今ですと有名なのは,九州大学の森下昌紀先生(九州大学大学院数理学府教授)のご研究とか.
編集者:あぁ,はい.森下先生ですね.ええと,森下先生は数論と数理物理との関係を研究されていたように記憶しています.記憶違いでしたらすみません.
原先生:最近はとくに数理物理系が強いですけど,森下先生は『結び目と素数』(丸善出版)が有名ですが,いわゆる数論的位相幾何学 (数論的トポロジー)の研究をされています.数論的な話と結び目理論的な話の類似的な話から,今はそういう数理の類似性を解き明かしていく中で数論的チャーン・サイモンズ理論についてのご研究もされていて,結構いろいろ面白い話が出てきています,はい.
編集者:全然関係がないと思われていた数学どうしが繋がるというお話ですと,他では例えばムーンシャイン予想もそうでしょうか?
原先生:ええ.私はムーンシャイン予想はそんなに詳しくないんですけど,実は.そういう不思議な現象が背後でどうなっているのかとか,これとこれは――それこそ群論みたいな感じですけど――,全然違うところに出てきてるけど,似たような構造をしているので同じようなことができるんじゃないかとか,そういう研究が面白くて.また,そういったことを研究しようとすると,代数だけではなくて,解析や幾何など,いろんな数学を見ていないといけないかなというのはあります.
編集者:はい.
きっかけは居酒屋トークから
原先生:私の昔の仕事ですけど,結構,気に入っているのがあって.さっきも話題に挙がった北山さんとの共同研究で,あれは完全に幾何――低次元トポロジーのお話なんですけど――,基本群の表現かな?基本群の表現,つまり代数的な手法を使って,トポロジーの本質的曲面 essential surface っていうものを3次元トポロジーの中に作るというカラー・シャーレン理論というのがあるんです.
編集者:カラー・シャーレン理論ですか?
原先生:はい.その研究で使っていたのが2次元表現というか――$${\mathrm{SL}_2}$$への表現だったんですけど「もっと高次の表現にしたらどうなるの?」っていうことを私が言い出して.
編集者:あっ,そうなんですね.
原先生:北山さんがカラー・シャーレン理論をそのときやっていて,たしか居酒屋で飲んでいたときかなんかに「こんな面白い理論があるんだよ」ということで,本当に ”居酒屋トーク" という感じで話されていたんですけど,そこに私が「2次元表現,2次元表現ってことで,さっきから$${\mathrm{SL}_2}$$, $${\mathrm{SL}_2}$$っていってるけど,なんで$${\mathrm{SL}_n}$$にしないの?」という感じで.私の研究分野としてはやっぱりガロア表現というものがあったりするので「なんで$${2}$$という次元にこだわるの?」という感じだったんです(笑).そしたら,北山さんが「ツリーという概念を使うんですよ」ということで.ジャン=ピエール・セールの本にもあるブリュアー-ティッツの〈樹木〉Bruhat-Tits trees というものなんですけど,それを使うからどうのこうのと2人で議論していたんですけど,「いや,$${\mathrm{SL}_n}$$だったらブリュアー-ティッツの〈建物〉Bruhat-Tits buildings があるんだから,それを使えばいいじゃん」という感じでやってみて,実際によく考えてみたらできた!,という話だったりするんです.これが結構,面白い話で.
編集者:原先生が早稲田大学の整数論研究会報告集に書かれている解説を拝見したときに,これは阪大の数学教室のときのものなので,研究者になられたばかりの頃のご研究なのかなと思いました.
原先生:あぁ,そうですね.学振PDのときです.
編集者:私,てっきり原先生は研究者になられた初期のころは幾何でお仕事をされていたのかと思っていました.
原先生:いえ,あくまで代数的な仕事ですね.
編集者:この解説でも,イメージがつきやすそうな図が載っていますね.
原先生:整数論の研究集会での発表でしたので,その辺りはトポロジーが専門ではない方にも分かるように意識しました.最近でこそ数論トポロジーという分野も市民権を得てきたというか,整数論の研究集会でトポロジーとか結び目の話をする方も結構おられますけど,まだその当時はそんなにいなかったので,かなり丁寧に書くように心がけました.私と北山さんは同期ですけど全然違う専門の方向に進んでいて,だからこそカラー・シャーレン理論の共同研究はできたんじゃないかなと思っているんです.そういう意味で気に入っている話だったりするんですね.
編集者:興味の持ち方とセンスの持って行き方みたいなところが,原先生も北山先生も素晴らしいのだと思いました.
原先生:いえいえいえ(笑).
編集者:ふっと思い浮かんだのは,東大数理の河東泰之先生(東京大学大学院数理科学研究科教授)で,2次元共形場理論に関する数学的構造を作用素環論の立場から研究されていて,数理物理という純粋数学とは少し異なる領域から出てきたテーマを数学者の視点から探求されているように思います.
原先生:河東先生と比較していただくこと自体,滅相もないです(恐縮).そうですよね.河東先生は作用素環論の先生ですけど,最近の数理物理関連の研究はすごいですよね.
編集者:何年前か何十年前かに比べると,かなり異なった分野や方向性で研究をされている方もたくさんいらっしゃって,その動機というかモチベーションの源泉というのは,原先生のお話にもあったような全然違う数学的概念を結びつけるという動機が根底にあるのだろうかと感じました.
原先生:どうなんでしょうね.詳しくは分からないですけど.
編集者:そういったご研究の方は,幾何の方が多いイメージだったんです.幾何の方は数理物理からアイデアを得て,研究に取り入れておられるイメージで.
原先生:あぁ,はいはいはい.
編集者:異なるものの繋がりを明らかにしたいという数学者の気持ちというのですかね,そういうのはいろいろな方が共通でお持ちなんですかね.
原先生:なんですかねぇ(笑).
編集者:昔,大学院のときに,サマースクールかなにかで森下先生のお話を聞いて,結び目と整数論という全然関係なさそうに見える分野を結び付けていることを知って,非常に驚いた経験があります.
原先生:森下先生の理論はすごくワクワクしますよね.私も森下先生が集中講義にいらしたときは熱心に聞いていました.
編集者:数学は本当に奥深いですね.
【津田塾大学 学芸学部 数学科 原隆先生 ロングインタビュー】
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(文責: 裳華房 企画・編集部 久米大郎)
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