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有限の時間が、常に止まらず流れてゆくのだなと
やりたいことが思うようにこなせない裏側で、怒涛の学びも勝手にやってきます。だから手が回らないというのもあるけど、おろそかにもできない。
偶然つながり合って、何かが生まれるための種まきをしているのかもしれませんけど、だったらそれですべてがなるようになればよいのかというと、そうとも思えないのです。
私の時間が有限なように、私の隣の人の時間も、その人の進みたい道だとか、降ってわいてくるそれぞれの運命に常に押し流されそうなところにいる。そういう良くも悪くも危うい一瞬で、たまたま今隣にいるだけなのです。
時間がかかるのを、絶対に無理なほど早めることはできないけど、もっともがかなければと思います。場づくりにも、チームづくりにも、どうしてもこう時間がかかるんだよ、と理屈をこねても。そしてそれがある意味正しくても。
それでは「間に合わない」こともあるし、色々な理由で「待つことができない」人だっているのです。そこでは正しさというか、正しそうさに何の意味があるというのか。正しさは、それ以上の最善を求めない理由(言い訳)にはならない、できない、そうしたくはないのです。
私の中のせめて最高速度、トップスピードまでギアチェンジしたい。
それも、なるべくすぐに、今から。