
悩ましき事多少あり
「別解の研究」を始めてしまったら、つい最後まで研究し尽くしたくなって、別のテーマをさしはさむこともなんとなくできなくなり、そのまま年越しました。
「自分ルールを勝手に構築し、誰も気にしてないのにコンプリートしにいくこと」が、私の「ついやってしまうこと」なのかもしれません…。
(かなり時を置いて、受講生仲間さまにアンサーしてみました)
別解の研究のリフレクション
この間は、結果的に日々更新していました。少しでもWSD受講から時間が離れてしまうと、感覚がかけ離れてしまう気もしたし、勢いがそがれると、自分のとことんが止まってしまう恐れもあったので、走りとおしました。
もしかして「別解の研究」を始めた当初より、連続投稿自体が目的化してたりしないだろうか? そうとしたら、自分としてそれはどうなんだろう? とか。それはそれでいいじゃん? とか。むしろ、型にはめることで見えてくるものがあるよなとか。メタ的にもゆらゆら葛藤しつつ。
最後には「いや、私にとってはそれはそれで大事だけど、読む人はそもそもそんなこと気にしちゃいないんだって」とツッコミ入れ出して。
無心で何かをやるということが、なかなかできない私です。
新しい年は迷いの中
そんな中、新しい年も始まり、所属組織の中で挑戦したいことも本当はあって、研究がてら色々と考えていたら、世の中の情勢が大変に転がり出して(予想ついていたことではあるものの)、まだまだ迷いと惑いの中にいます。
あまり中途半端なことを綴るのもどうかなとは思ったのですが、別解の研究の流れの中で、同時にリアルタイムの揺れ動く思いを消化することが難しくもあって。
テーマの切れ目になったら、その時点で気持ちが何もまとまっていなくても、とにかく一度発露しておこうと決めていました。
これを書いたことで、悩んでいる自分の一部が「切り出された外側」になって、何かが見えてこないだろうか。その繰り返しです。
数学の「できる」「わかる」「分かち合う」のヒント
何だかこれだけというのも寂しいので、基礎理論の相互コメント課題で話題に挙げた漫画のご紹介。絹田村子さんの「数字であそぼ」です。
数学漫画として読むのもよし、「だんご」の可愛さや大学、京都ネタを味わうもよしではありますが、「足場かけ」の視点で学友同士の相互作用から、ワークショップデザイナー的な引っ掛かりを探るように読んでみても、かなり面白いと思います。