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私はちょっと繊細な変人
小学4年生だった頃、校門の前でひよこやウサギやカブト虫など、私の心を強く強く惹きつける類を売りに来ているおじさんがいた。。オスのひよこは1羽50円、メスはたまごを産むから200円、雄と雌番い(つがい)なら200円でいいよと言う。可愛くて可愛くて、欲しくて欲しくてたまらなくなり、親にも内緒でひよこを番いで連れ帰ってしまった子供のころ、ランドセルの中にひよこを隠して、そそくさと自分の部屋へ駆け込んだ。1時間ほど考えた挙句、この子たちの命はぼくが守らなきゃ、そう思い決死の覚悟を固めて母に告げた。「お母ちゃん、ひよこ買ってきてん、飼ってもいいやろ」母は少し困った顔を見せながらもこう答えてくれた「ちゃんと世話してあげられるの」もちろんと答えながら母の顔を見上げたら「でもパパがなんて言うやろ」そう、戦前生まれの父親は平成の父親たちとは違って威厳があった。道理に合わなければ殴られることもある、そんな時代の父親だ。「最期まできちんと面倒みるんやぞ」そう言ってどこからか木箱を用意してきて、ホームセンターで買ってきた材料を使いひよこたちの小屋を作ってくれた父、親として命の尊さを私に学ばせたかったのだと思う。
ひよこも成長して小さいながらもたまごを産んでくれるようになっていたその年のクリスマス、テーブルに並んだローストチキン、どうしても食べたくない、それまでも肉を食べるのが苦手だったが、1羽丸々という姿でテーブルに並んだローストチキンを見て、肉への拒否反応を示す私と両親の食べさせようとする愛情がぶつかり折角のクリスマスがぶち壊しとなってしまった。動物は食べられてこそ成仏するのだと言う父、肉を食べないと大きく健康な大人になれないよという母、子供が親に抗うことなど許されず、ベジタリアンへの道はそこで一旦閉ざされた、両親がこの世を去るまでの期間、長きに渡って私の肉食生活は続いたのです。
私にはもうひとつ子供の頃から誓いを立てていることがある。それは子供を作らないという事。輪廻転生があるのかないのか、そういった事にも強い関心があって、身体とは魂を閉じ込めておく牢獄なのではないだろうか、前世で犯した悪事に応じて、より不自由な身体を与えられたり、困難の多い人生を修行として、より高い徳を積み、ステップアップしていくのか、何の確証もないままに、漠然とそういう事を考えながら、自身の快楽や老いた自分の面倒を見てもらおうなどといった不純な考えにより、子の魂を身体という牢獄にぶち込む行為が許されないと考えているのだ。その様な思想故に、今まで結婚をすることもなく生きてきたが、こんな私にとっては、閉経を迎え、更年期に差し掛かった女性こそが花嫁候補、今が結婚適齢期だと考えているのですが、運命の相手は未だ見つからず・・・
動物であれ植物であれ子孫を残す事こそが、基本的かつ重要な本能であると言われるが、私にはその本能が存在しない、そればかりか、群れに属することが苦痛でさえあり、ひとりでいること、あるいは、信頼できるだれかと2人でいることこそが心地よい。とはいえ、社交的な面も持ち合わせていて、短い時間であれば、他人とも楽しく過ごせるし、一期一会的な出逢いであれば、老若男女問わず誰にでも気軽に話しかけたりもできる。人と争うこと、競争させられること、管理されることを嫌い、いつもマイペースでいたいと願いながらも、人が嫌いということではなく、寧ろ、困った人がいれば助けて差し上げたいと強く感じるという、どこか矛盾した心を持ち合わせた人間なのだ。「いい人なんだけど変人」、それが人から言われる私の評判、何の根拠もないのですが、私は地球外から転生してきた魂、スターシードやライトワーカーと呼ばれる存在かも、そう思うことがある。手相にそれが現れており、神秘十字線なるものが両手にあって、2年ほど前から、神秘十字線の中心にほくろが出てきている、何か意味でもあるのだろうか。覚醒でもしてスピリチュアルな能力でも開花するのかな。学問的に分類すると、HSS型HSPというカテゴリーに当てはまるらしい、そう言われてみれば、条件のほぼすべてに私は該当している、総人口の約6%が私と同じ気質を持つらしい、自分だけが変ではないことを知り、ほっと安心したのが2020年のこと、自分らしく生きてもいいんだ。
小学生のころは、走ること、泳ぐことがとても速くクラスでトップ、それ以外は普通であったが、友達の輪に入ることが苦手だった。授業中は、先生が教えることが薄っぺらく感じていて、授業の内容をテーマとして、どんどんどんどん、空想の世界を膨らませて勝手に深堀りをしている。気が付いて我に返ると、先生はもうすでに先へ先へと進んでいて、いつも自分は置き去りになっている落ちこぼれ、そんな感じの子供、それが中学になると、ファッションとかバイクとか車なんかに興味が出てきて、それがどうやら不良のみなさんとシンクロしたらしく、中学と高校はいずれも不良グループのメンバーだった、中2で彼女がいたし、高校の時にはバイトに明け暮れ、高2で中型バイク、高3で車を買うまでになっていた。見た感じは不良でしたが、喧嘩や争いごとが大嫌いで、大の動物好き、優しい目をした不良少年、そんな感じでした。
さてここまでは、私が社会に出るまでを簡単に書いてみました。これからの人生は、人には言えない様なことも多く、今はまだ書きたいとは思いません。何かのきっかけがあれば、非公開や人物限定など、そう言った形で書けたらいいなと思いここで筆を置きます。