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【連載小説】アウトボールを追いかけて 第3話 「ハロウインを待ちわびて」 #7
いよいよかと思った矢先、いきなりモレが奇声を上げながら跳び蹴りから入っていった。
彼らしい先制攻撃ではあったが、難なくかわされ、勢いそのままロープを越えそうになる。
本来なら反動を使って再び飛び蹴りかタックルでもしたいところだが、動きが一旦止まってしまう。
「くっそー、よけやがったな」次はそう叫びながら相手の腕を掴みにかかった。
相手の金髪がそれを受け、組み合いとなる。
互いに相手の肩に頭をつけ、首や腰などに腕を移動させて優位な体勢に持ち込もうとしていた。
そうやって、しばらくもがいていた状況が続いたが、足をかけられてバランスを失った金髪が倒れ込んだ。
「いいぞ、モレ! そのまま後ろからスリーパーホールドだ!」
「いや、逆エビ固めだ!」
リングサイドから様々な指示や歓声や罵声が飛び交う。
テレビと違って目の前で、しかも自分たちがやっているのだから盛り上がらない訳がない。両軍とも興奮して声を張り上げていた。
モレの腕が相手の首を捉え、上手く絞め技が決まりそうだったが、かけた場所が悪かった。
金髪は腕を解こうともがきながらも少しずつロープに擦り寄り、結局ロープブレイクになってしまった。
ボビーは二人を引き離し、リング中央へと移動させた。
「うわぁ、惜しかったなぁ。でもいい感じだぞ」
「立ち技よりこっちの方がええな」
モレは大きく息をしながら頷き、再び中央で睨み合った。
次はお互いに距離を取り、エルボーやローキックの振りをしながら牽制し合っている。
するとその隙を突いて金髪がタックルしてきて、今度はモレが後ろに倒れ込んだ。再び歓声が湧き上がる。
「モレ、早く立て!」「ウメッチにタッチだ!」
声を上げるが、金髪は素早く馬乗りになり、チョップを続けざまに繰り出してきた。
何発か食らいながらもモレは金髪の両手を掴んだ。
それはそれでよかったのだが、両者とも手が使えない状態となってしまう。
揉み合いの状態が続くが、下になっている分、モレの方が分が悪かった。
しかし、モレはそのままの姿勢で芝生に背中を擦り付けながらコーナーににじり寄り、なんとかウメッチにタッチできたのだった。
それを見た金髪は、素早く起き上がるとコーナーに駆け寄り、メガネにタッチした。
交代した両者は、睨み合ったまま両手を上げて中央に寄り、ガッチリ指を組み合わせた。プロレスの冒頭でお馴染みのシーンだ。
本来は力自慢のレスラー同士がやることだが関係ない。
真似だけでもいいから自分もレスラーの気分を味わってみたかったに違いない。
そのまま組んだ手を腰の位置まで下げ、二人とも歯を食いしばって力んでいる。
手首を返されると辛いのはみな承知だったので、日本語、英語、混じり合った応援の声が飛び交う。
しばらく持久戦となっていたところで、木陰から三人の白人が現れた。
試合に夢中になっていた晃二だったが、ふと疑問を抱いた。
偶然だろうか? それとも知っていて見に来たのだろうか?
そのとき、メガネがウメッチの胸に頭突きを見舞わし、体勢を崩した二人は芝生に倒れ込んでしまった。
すぐさま膝立ちになり両肩を掴み合って力任せに押し倒そうとする。
もみ合ったままお互い立ちあがろうとしたところで、ウメッチが身体を捻ってヘッドロックを決め、形勢を有利に持っていった。
相手は前屈みで踏ん張ることもできずにうめき声を出すだけだった。
「よし、そのまま捻りあげろ。ギブアップさせるんだ」
荒ケンの声にニヤッと笑って親指を立てたウメッチは、リング中央まで移動して反対側の手を相手の脇に入れた。
できればそのままコブラツイストに流れて決めたいとでも思っているのだろうか。
だが、下手に腕を入れ替えたことで技が解けてしまった。
すぐさまかけ直そうと出した腕をすり抜け、顔を真っ赤にしたメガネはコーナーに倒れ込むようにして金髪とタッチをした。
「なにやってんだよバカヤロー。せっかくのチャンスだったのに」
無理な大技は狙わず、きっちり決めて欲しかったので、味方の罵声はごもっともである。
交代した金髪が腕を大きく回すと、見物に来たらしい白人たちが早口の英語で声援を送った。
盛り上げ方が板についてカッコいいなと感心するが、何となく不利になった感もある。
金髪がリング中央に寄り、威嚇するようなポーズを取ると再び歓声が上がった。
それに応じるように、ウメッチは軽いフットワークで蹴りとパンチを繰り出した。
さながら漫画のキックの鬼のごとく、といったところか。
今度は接近戦を避け、ローキックの応酬となる。
軽い蹴りが互いの腿に入り、小気味良い音がした。
両者牽制し合っているところで、今度は黒人四人が現れ、リングサイドの奴らとハイタッチをしている。
我々だけの秘密で、とは言っていたが、奴らは守らずに周りに声をかけたのかもしれない。
これ以上増えたらかなり戦い難くなることは間違いない。
なんだか予想外のことが起きそうで晃二は心配になってきていた。
リングではキックや空手チョップの力が増し、当たったときの音も派手になってくる。
ウメッチは延髄蹴りでもかまそうとしているのか、ハイキックを連発していた。
その後は組み合うも、技をかけるまでには至らず、掴み合いが続いた。
開始して十五分。疲れが見え始め、なかなか攻撃に転じられない状況を変えるためにウメッチはモレとタッチをした。
それを見て向こうも選手交代をする。
またも英語の罵声や指笛が鳴り響いているなか、突然後ろの林から「こっちだぞ」という声が聞こえた。
晃二たちが振り返ると、小走りに数人が駆け寄ってくるのが見えた。
目を凝らすと、それは知った顔だった。
隣のクラス、1組の番長の秀夫と子分の岸田、それに3組の番長のシローと仲間の二人。
見物に現れたのは当初助太刀しようかと声をかけてきた奴らばかりである。
港湾で荷揚げをしている、気性の激しい親父譲りなのか、短気で喧嘩っ早く腕っ節には自信があると豪語している連中だった。
「誰か他の奴に教えたか?」と訊くも、みな首を振って目をしかめている。まぁ、誰が漏らしたのかは想像できた。
きっと教えるというよりかは、性格上黙っていられなかったのに違いない。
リングサイドに来た五人が水臭せぇなと言うのに対して、晃二はこれは喧嘩でなく試合なのだと説明するも、果たしてちゃんと理解したかは判らなかった。
観客が増えたことで俄然盛り上がってきたリングに目を戻すと、モレは軽く跳ねながらエルボー・ドロップやラリアートのポーズを取っていた。
「そんなのいいから、さっきみたいに倒せよ」
荒ケンの指示に混ざって「いや、パイル・ドライバーだ」「ジャーマン・スープレックスだ」などの声が飛ぶ。
その新規観客が囃子立てる煽てに乗ったモレは、調子づいて叫び声を上げながらメガネの両腕を抑え込んだ。
そして柔道の組み手のように肘を掴んだまま左右に身体を捩るが、相手の方が体重があるので思うように倒れてくれない。
体格が劣る分、不利に感じられた。
周りの歓声が高まってくるなか、ちょっと油断した隙に足を払われ、モレは背中から倒れ込んだ。
一瞬呼吸が詰まったのか、苦痛の表情をするが掴んだ手は離さなかった。
しかし背中を押しつけられたまま、膝げりを三発続けて腿に入れられる。
上半身が動かせないのでやられる一方だ。
これでは攻撃もできないが、相手も抑えた手は離せず、しばらく
そして柔道の組み手のように肘を掴んだまま左右に身体を膠着状態で睨み合いが続く。
このままだと体力が消耗したところでフォールされてしまう。
だが、形勢を逆転しようにも、モレは焦って足をバタバタ動かしているだけだった。
やがてメガネは抑え込んだ腕を首にずらし、締め上げながらモレの両肩を地面に押し付けた。
そこでボビーが膝まづいてカウントを取った。
「ワン、ツー … 」一緒になってアメリカチームは声を上げる。
もうダメか … 。
晃二たちが諦めかけたとき、モレは力を振り絞ってブリッジをした。
両サイドから大きな歓声とため息が上がる。
本物のプロレスのような展開だった。
そこで落胆したのか、メガネの押さえ込みが弱まったところで、モレはここぞとばかりに踏ん張って足を上げ、首をカニ挟みしようとした。
「よしゃ!」日本チームが一斉に大声を上げた。
その応援が後押ししたのか、両足は上手く相手の顎に引っ掛かってくれた。
反動をつけて後ろに半転させ、すかさず腹の上に跨り今度はモレが相手の動きを封じた。
そのまま膝蹴りをお返しに数発、横っ腹に食らわす。
俄然有利な体勢に思われた。
だが、相手も黙ってはいない。モレの両襟を掴んで引き寄せながら起きあがろうともがいていた。
引っぱる力と離そうとする力が均衡していたが、段々と歯を食いしばった二人の顔がにじり寄ってきた。
それを見た観客はさらに興奮度が高まり、誰もが大声で叫んでいた。
その力勝負に勝ったメガネは、上半身を起こした瞬間、右手を大きく払うようにしてモレを薙ぎ倒した。
しかしモレは掴んだ手を離さなかったため、両者は転げるようにしてロープを越えて場外に出てしまった。
「アウトサイド!」ボビーは大声で警告して中断すると、両者を引き離した。
歓声とブーイングが入り混じるなか、二人は喘ぎながらもリングに戻るために立ち上がった。
そろそろ二十分になるから延長戦に入るのだろうと誰もが思っていたそのときであった。
フラフラな足取りでロープに近づいてきたモレを、横にいた黒人がワザと足を引っ掛けて転ばせたのだった。
それを見て笑いながらはしゃいでいる連中に日本軍一同が切れた。
「なにしやがんだ、この野郎」
最初に黒人に駆け寄って胸ぐらを掴んだのは観客だったシローだった。
いきなり殴ることはなかったが、興奮しながら首元を締め上げて「謝れっ」と詰め寄っていた。
モレとシローは同じアパートに住んでいる幼馴染だったので、おそらく彼への侮辱が許せなかったのだろう。
そこで止めに入ろうと、ジミーが後ろからシローを羽交締めしたのがさらに火に油を注いでしまった。
それを見た秀夫がそのジミーの髪の毛を掴んで引き離そうとし、周りの連中も加わって仲裁が制裁に変わっていった。
「goddamn(ガッデム・畜生)」
ことの発端となった黒人が、血走った目で大声を上げたところで、両軍入り乱れての場外乱闘が始まってしまったのである。
思わぬ展開であった。
どうやら、やっている側以上に観戦側が興奮していたらしく、ウズウズしていた気分をやっと発散できると思っているようだった。
ここまでルールに乗っ取り反則もしないで進めてきたのに、多くの連中は髪を引っ張ったり素手で殴ったり、お構いなしだった。
皆、誰それ関係なく近くにいる奴に怒鳴り声を上げながら襲いかかった。
その居丈高な台詞の内容は様々だが、単なるいちゃもんに過ぎず、戦闘意欲を煽るために叫んでいるだけのようだった。
すぐに乱闘はいくつかの固まりとなり、晃二は秀夫と共に観客の白人二人を相手することになった。
隣ではジミーと荒ケンが取っ組み合っている。
突然の喧嘩となったが、格闘技の研究をしてきたためか、晃二たち五人の動きにはプロレスに近い組み技が多く見られた。
モレはジミーの手下に、先ほど決まりかけたスリーパーホールドをかけていて、ブースケは言われた通り、寝転がったまま黒人のチビを羽交締めにしていた。
傍目には抱きついているだけにも見えるが、このまま寝技のように締め付ければ効果はあると思えた。
さすが、喧嘩慣れしている秀夫は次から次へと蹴りやパンチを繰り出し、倒れた一人に馬乗りになって、頭を抱え込んだ手の上から肘鉄を見舞わせていた。
一方、人を拳で殴るのに抵抗がある晃二は、相手の両耳を掴み、引っ張りながら頭をガンガン地面に打ち付けた。この耳引っ張りは、続けざまにやられると想像以上に痛いものなのである。
その勢いと威圧感にたじろいだ白人二人は、早々に戦意喪失してその場を離れた。
これで人数的には五分と五分である。
他の集団を加勢しようと周りに目をやる。
荒ケンがジミーにヘッドロックをかけ、肘打ちをしていたが、この二人は一対一なので放っておくことにして、手こずっていそうなウメッチとシローたちの集団に飛び込んでいった。
割って入るように一人の背中に飛び膝蹴りを食らわし、羽交い締めされていたモレから引き離す。
顔に引っ掻き傷をつけた岸田は、助っ人を歓迎するようにニヤッと笑って余裕をみせた。
シローも片目を充血させて、相手の顔面を両手で鷲掴みしている。
すぐ後ろでは、ウメッチが足を取って技のかけ合いをしていた。
この期に及んで、四の字固めでも決めようとしているのかもしれない。やがて、大所帯となった乱闘はバトルロイヤルのような様相に変わってきていた。
途中で相手がコロコロ変わったり、組み合っているところに横から蹴りが入ったり、身近な敵に誰それ構わず暴力を撒き散らしていた。
フォール負けも判定もないが、力尽きた者、身体を痛めた者は自ら戦いの場を離れ、芝生に転がり天を仰いでいるか、うずくまっていた。
そうやって徐々に人数が減り、残っているのは、体力に自信がある者やダメージの少ない者だった。
しばらくすると、最後の力を振り絞って頭突きや腿蹴りを繰り出していた連中の息が上がって動きが鈍ってきていた。
ひと休みしたいところだが、そうも言っていられない。
残る人数は、こちらが六人に対して米軍は四人。
そこで荒ケンはジミーを突き放して「まだ続ける気かよ」と吐き捨てるように言った。
とは言え、この場で決着しない限りは、暴走した抗争にピリオドを打つことはできないだろう。
そんな、降参を促すようなセリフに対し、ジミーは「Kìss my áss !(クソ喰らえ)」と叫んで立ち上がり、唾を吐いた。
その唾には赤いモノが混じっていた。
その一言で決闘は後半戦に入った。
再び一団となって取っ組み合う。
躊躇っている暇はない。
晃二は組み合ってすぐ、頭突きを喰らってしまい、身体を仰け反らせた。
鼻の辺りがツーンとして、生温かいものが伝わり落ちるのを感じた。
「くっそぉ、ぶっ殺してやる」
手の甲についた血を見た晃二が、いきり立って相手の髪の毛をひっ掴んだところで背中から大きな声が鳴り響いた。
「ストップ。お前ら何やっている。止めろ」
肩を思い切り掴まれ、振り向いて声の主を見上げた。
ケニーさんだった。
全員動きを止め、固唾を呑んでいる。
我に返った晃二は、袖で鼻血を拭った。
「まさかとは思ったが、来てみたらこの有様だ。何が原因だ。言ってみろ」
こんなに激怒しているケニーさんを見たのはみんな初めてだったので、一気に興奮から冷め、押し黙ってしまった。
後ろの方にリサたちの姿も見えたので、きっと話を聞いた彼女が心配になって知らせたのだろう。
「 …… 最近ちょっと彼らと揉めてたんで、決着をつけようとしたんです」
晃二はことの成り行きを簡単に伝え、この状況も、ルールを決めた格闘技の試合が予想外の出来事で乱闘になってしまった、とも説明した。
「何が試合だ、何が決着だ。争うことで解決できると思っているのか? 力でねじ伏せれば気が済むのか? 憎しみ合う前に、なぜちゃんと話し合わなかったんだ」
ケニーさんは英語と日本語を使い分けて、その場の全員に語りかけていた。
「君たちが遊んだり、寝ている間にも、ある場所では本当の争いがおこっているんだ。毎日人間同士が憎しみ合い、殺し合いをしているんだヨ。知っているかい?」
ケニーさんの表情は悲しそうであり、また苦しそうでもあった。
殺し合いと聞いてたじろぎ、急に現実に戻った。
確かに自分たちは、縄張りを荒らされたからとか、ちょっかい出されたからという理由で争っているだけである。
そんなことに拘って喧嘩している自分たちが、なんだか小っぽけに思えた。
「私の弟もベトナムで戦ったんだ。…… 戦争が終わって、帰って来るには帰ってきたけれど、身体も心もボロボロだったヨ。今でも精神的には回復していないけれど …… まだ生きて帰れたからいい方だ。多くの、それこそ何十万という若者が命を落としたんだから。…… 学校じゃ教えてくれないかもしれないが、今現在も戦う意味に疑問を持ちながら、それでも戦わざるを得ない若者がたくさんいるんだ」
暗澹たる気分だった。
自分たちが何も知らず、のほほんと暮らしている一方で、今でも暴力や悲しみが溢れている場所があるのだ。
ケニーさんの台詞一つ一つが鋭い刃物のように、晃二たちの胸を突き刺し、小さなわだかまりをえぐり出す。
「この前の交流会でも言われただろ? 日本人とアメリカ人は協力し合って、世界を支える努力をしていくべきだって。だから、お互い理解し合わなければいけないんだ」
考えてみれば、互いのエゴをぶつけ合うだけで、理解もへったくれもなかった。
話し合おうとか、収めようとかの努力もせず、逆に被害者意識を煽ってきただけだったのである。
仲裁案が出たとき、ケニーさんに頼むという考えに及ばなかったことが、今になって思えば不可解であった。
皆それぞれ考えを巡らせている様子を見て、ケニーさんは優しく言った。
「どうだ、何か言いたいことはあるかい? 学校には報告しないし、ここだけの話にするから」
そう言って、日米両方の面々を見回した。
晃二はもちろん、誰も何も言わなかった。
というか、互いに虚勢を張って相手を突っぱねていたこれまでを振り返り、主張も反論もできなかった。
項垂れているみんなの顔を見てケニーさんはポンと手を叩いて提案した。
「じゃあどうだ、握手してみないか? それで、これからはもっと相手を理解するよう頑張ってみないか?」
みんな顔を見合わせ、逡巡しているようだ。
自分は良くても、他の連中がどう答えるのか気になって探りを入れているのだろう。
だが、晃二の口からは自然と返事が出た。
「僕はオーケーです」
それを見て、頷く者、返事する者、みんな表情を弛めて各々自分の意志を口に出した。
きっとお互いのことをちゃんと知れば、意外と仲良くなるんじゃないか?
みんなの言葉を聞くと、だんだんそんな風に思えてくる。
文化の違いやら性格の違いやら、人は皆違うのである。
相手を責めてばかりでなく、理解しようとすることが大切なのだ。
当たり前のことになぜ今まで気づかなかったんだろう。
そこで両者は横一列に並び、端から順番に握手をしていった。
テレビで見た、大リーグの試合後にチームがやっている光景と似ていて、なんだか晃二は照れ臭かったが嬉しかった。
考え方によっては、同じ横浜の、同じ地域の住民なんだからチームと呼べなくもないだろう。
これからは一緒に遊んだり行動することがあっても不思議でなく思えた。
「一応は握手するけど、リサのことは別だからな」
ウメッチが力を込めたのに対抗して、ジミーも負けずと力を入れ返す。
「あいたたたっ。ちょっとタンマ」
顔を歪めるウメッチを見て、みんな表情をさらに崩した。
事情を察したのだろう、一緒に微笑んでいるケニーさんを見てウメッチは「いずれ恋愛での決闘があるときは、ケニーさんにレフリーお願いするからね」と言って笑った。
「あぁ分かったよ。そのときは任せてくれ」
ケニーさんはいつもの口調に戻って笑顔を返した。
「じゃあみんな。これからはお互いに良き仲間であり、良きライバルとして、この横浜でいい思い出を作ってくれよな」
締めとも思えるケニーさんの言葉にみんな大きく頷いていた。
気がつくと、芝の上から木々の間に至るまで夕日のオレンジ色に覆いつくされていた。
あと一週間も経てば、一年で最も陽が短い日を迎える。
もうすぐだ。その日を通過すれば、また太陽と長くつき合える日がやってくるのだ。
心の片隅に引っ掛かっていた、モヤモヤとした塊が溶けだし、少しずつ霧が薄れていくようだった。
燦々と陽射しが降り注いだ、緑あふれるグランドが目に浮かんだ。
冬枯れしたこの場所が、いずれその光景に変わっていくことを想像すると、晃二の顔に晴れやかな笑顔が浮かんだ。
第三章「ハロウインを待ちわびて」 完
第四章「アウトボールを追いかけて」(最終章)につづく
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