【連載小説】アウトボールを追いかけて 第3話 「ハロウインを待ちわびて」 #2
ウメッチも、ようやくリサと一緒の時間を持てて喜んでいたが、一つだけ気にくわないことがあるようだ。
「ったく、何でリサは日本人のくせに、いつもアメリカチームばっか応援すんだよ」
試合の展開に係わらずウメッチはよくそうこぼしていた。
「あったりまえだろ。こっちを応援したら、スクールで仲間はずれにされちまうよ」
そう晃二が言っても無駄であった。
まぁ、ウメッチも解ってはいるのだが、やはり嫉妬だか、やっかみだかが邪魔するのだろう。
一方、ジミーたちとは相変わらず仲が悪く、未だ冷戦状態だった。
諍いごとに発展することはなかったが、常に反目し合ってお互いを避けていた。なのでこの頃よく連んで遊んでいたのはボビーとダンである。
思い起こせば彼らとの出会いは唐突だった。
夏のある日、竹薮の第二基地で遊んでいた時である。
ガサガサと音がしたかと思ったら、いきなりアメリカンが現れたことがあった。
突然の遭遇で驚くも、基地の秘密を守るためにはそいつを捕らえて拘束せざるを得なかった。
彼は名前をボビーといい、ハーフで日本語がペラペラだった。
だが、いざ尋問してみると意外にいいヤツで、何となく気が合ったのである。
ウメッチは、「見られた以上、生かして返すわけにはいかない」なんて映画のセリフみたいなことを言ってたが、内緒にするという条件で特別に基地内を見せてあげたのだ。
入るなり叫んだ、「ワァオー、グレイト!」という、賞賛の響きが、ちょっと擽ったく感じられたが、まんざらでもなかった晃二たちは、日米の垣根を取り払う役目として、通訳という任務を彼に与えたのだった。
そのボビーの親友であるダンと知り合ったのは、毎年行われる日米親善盆踊り大会の時である。
キャンプ内の会場は金髪に浴衣という、ちょっと不似合いな姿でごった返していた。
出店の前では、アメリカ人が焼きソバを、日本人がスペアリブを頬張るという逆転した光景の中、ベンチに座っていた晃二とウメッチに片言の日本語で声をかけてきたのはダンの方だった。
「ハーイ、グッドテイスト? オイシイデスカ?」
二人がつまんでいたたこ焼きを指して、ニコニコした赤ら顔で話しかけてきた。
「イエス、グッドグッド」
機嫌の良かった晃二は、臆することなく答えると、楊枝に刺したたこ焼きを差し出した。
彼は自分を指さして驚いたが、受け取ると匂いを嗅いでから食べ始めた。
「オー、グッド。オイシイデス」
ダンは二人の隣に座り、これは何だと訊いてきたが、当然のごとく英語なんてしゃべれない。
二人は手をクネクネ動かして、「エイト足、エイト足」と、指で8の字を書きながら蛸のジェスチャーを始めた。
子供たちの間に日本語だの英語だの会話の壁なんてない。
ちゃんと伝わったかどうだか判らなかったが、大笑いしたダンとはこれでうち解けて、仲良くなったのだ。
もちろん未だにダンとのコミュニケーションはジェスチャー中心である。
そんなこんなで知り合った二人が、実は親友だったというのも何かの縁なのであろう、お互いのグループ同士連んで遊ぶようになっていった。
「よし、じゃあ手始めに、よっちゃんイカと梅ジャムを試してごらん」
交流が始まるとまず最初に、晃二は日本の誇る駄菓子を紹介した。
ダンは言われるまま口にした途端、複雑な顔をして口をすぼめた。
「ははっ。ちょっと酸っぱいけど、慣れれば病みつきになるよ」
そうやって始まったのが日米のお菓子交換であった。
言ってしまえば、晃二たちの目論見にまんまと嵌ったのだ。
なにせケニーさんの家で禁断の果実を口にしてからというもの、みんなアメリカのお菓子に心を奪われていたのである。
彼らの好物が酢イカとあんずジャムで、我々の好物がアイスクリームとハーシーチョコだった。
しかし、毎日そんな豪勢にとはいかない。
小遣いを一日十円しか貰っていなかった晃二は、時にはヘチマ工場の脇になっているビワや、家にあった煎餅などを持っていってごまかしていた。
たまにだがお金の交換もあり、相場とは関係なく円とドルを交換したりもした。
それをみんなは大切に貯金箱に貯めておいたのだ。
そして、ケニーさんに一度PX(米軍のショッピングストア)に連れて行ってもらってからは、欲しいときに自分たちで出向き、貯めたドルで好きな物を買ったのである。
ただし店には入れないので、知り合いの買い物客がいたときにお金を渡して買ってもらうのであった。
もちろんMPに見つかればただでは済まされなかったが、お菓子の魅力には勝てず、強行手段に踏み切っていたのである。
そんな悪ガキ集団に願ってもないイベントがハロウィンであった。
これは毎年十月末に行われる、アメリカの万聖節 (All Saints’ Day) の前夜祭で、” Trick or treat!” (お菓子をくれないと悪戯するぞ)と言って、子供たちが魔女などの仮装をして近所の家を回り、お菓子を貰うお祭りである。
各家々でかぼちゃをくり抜いたデコレーションをすることから、別名をかぼちゃ祭りとも呼ばれている。
しかし、晃二たちのヒアリングでは、「トリック・オア・トゥリート」が「チカチューリ」と聞こえることから、仲間内ではチカチューリ祭りと呼んでいた。
毎年この日が近づくと、誰とチームを組んで、どのコースをまわるかなど、みんな気もそぞろになってくる。
この日は特別に日本人も仮装をすれば参加できるのだが、お菓子目当ての他校の小学生や、地元の中学生、それに不良アメリカ人が、出会す度にお菓子の争奪戦を繰り広げるのだった。
この年のハロウィンでも案の定、一悶着あった。
日が完全に暮れる六時過ぎから祭りは始まり、九時半頃には大方終了する。
大体ピークは七時半頃だったので、夕飯を掻き込んだ晃二は、急いでいつものメンバーが待つゲート前まで走った。
陽が落ちてすぐの宵闇は、まだ優しい温もりを携えて辺りを包み込んでいる。
晩秋の空の下方にわずかに残る青と街灯のオレンジ色のコントラストが、家にある写真集で見た外国の街の夜景とよく似ていた。
商店街の蛍光灯とは違うそのオレンジ色の灯を見ると落ち着くのだが、何故かいつも切なくなってしまうのだった。
だが今晩は、遠くから聴こえてくる歓声や周辺の連中の気を揉んだやり取りに、いつもの感傷的な空気感はどこかに押しやられていた。
行き交う集団は、はやる気持ちを抑えられずに互いの衣装を自慢し合いながら、すでにハロウインを楽しんでいた。
「まるで銀行強盗か変な宗教団体だな」
骸骨や魔女に仮装し、ドレスアップした子供たちの中で、目の所だけ穴を開けた紙袋を被った集団は、みすぼらしかったが逆に目立っていた。
からかいながら、晃二もその輪に加わると、同じく紙袋を被った。
「なんだよモレ、だっせぇな。もっとちゃんと作れなかったのかよ」
目の前の覆面男に向かって大笑いした。
彼は紙袋をデストロイヤーのマスクに似せて切り抜いたようだが、目鼻口の大きさや間隔がバラバラで福笑いの絵に見えた。
毎年、スーパーでもらう紙袋を仮面がわりにしているが、そのままでは芸がないので各自で工夫を凝らしていた。
ブースケは立体的にしようと思ったのだろう、紙で作った耳や眼鏡をくっつけていたが、剥がれかけてブラブラしているし、ウメッチのはまつ毛と口紅を派手にした峰不二子らしき女性が描かれていた。
「まったく……。みんな鏡を見た方がいんじゃねぇの」
晃二がぼやくと、見すぼらしい仮装集団は周りの奴を見回し互いにけなし始めた。
徐々に検問所の周辺は待ち合わせらしき子供たちで溢れてきた。
魔女、ドラキュラ、モンスター。なんだか学芸会で出番を待っているかのようである。
やがてメンバー全員が揃ったので、懐中電灯とお菓子入れの袋を手に、いざ出陣となる。
コースは去年と同じで、たくさんくれる家や我関せずの家、怖くて近寄り難い家や仮装の派手な一家など、ほぼ知り尽くしていた。
ただ一つ注意する点は、時間とコースを間違えると人気のない道で中学生や不良外人に襲われることにもなりかねないことだった。
さっそく手前の小高い丘を登ると、日中陽射しに彩られた景色とはまた違った光景が広がっていた。
普段、出歩くことのない夜のハウス内は、紺色の空と深緑の芝が相まって、海底にでも沈んでいるかのような佇まいである。
その中でポーチ(家の玄関口)の明かりが潜水艦のライトのように点在し、そこに至る街灯はブイのような標となって小さな光をたたえて並んでいた。
「よし、じゃあ、あそこら辺からなんてどうよ?」
招き寄せようと派手に飾り付けしているブロックに目星をつける。
「お化け屋敷っぽくていいじゃん。景気づけにいっちょかますか」
窓からこぼれる青白い明かりに、一団は吸い寄せられていった。
扉の前で決まり文句を言うと、カゴ一杯のお菓子を持って家の人が出てくる。
特に会話はいらないが、パフォーマンスの一つでもやればその分多く貰えることもある。
晃二たちにはせいぜい雄叫びを上げるくらいしか芸がなかったが、それも怖がられるよりは笑われることの方が多かった。
しかも、至るところで飛び交っている、「トリック・オア・トゥリート」と比べ、謎の紙袋教の集団が発する、「チカチューリ」というセリフは、なんだか別の呪いを唱えているように聞こえた。
しかし、その異様な呪文が功を奏したのか、袋の中には例年になくお菓子がたくさん溜まっていったのである。
「今年はすげぇ調子がええなぁ。もうこんなにあるぜ」
ワンブロック回ったところで一旦休憩し、みんな袋を覗き込んで成果を確認した。
「やったぁ。俺んとこにゃ、M&Mが一袋入ってんぞ」
大体は同じ量、同じ物なのだが、家によっては違う種類を適当に配るので、当たりはずれもでてくるのだ。
これも運なので仕方ない。見た感じでは、ジェリービーンズやガム、それにヌガーチョコといった物が大半を占めていた。
まだ半分も回っていないのにこの量なのだ。気をよくして皆、収穫物をチェックしながら一つずつ口に放り込んでいった。
「ねぇ、ねぇ。あれリサなんかじゃない?」
歯に付いたヌガーをほじりながら言ったモレの言葉で、ウメッチの顔つきが変わった。
「うそっ。どこよ、どこどこ」
辺りを見回したウメッチは、彼女の姿を見つけると一目散に駈けていく。
「ありゃ、完全に病気だな」
晃二は呆れる一方で、ちょっと羨ましく感じた。
リサの集団は四人の女子と幼児二人の六人だった。
女の子たちはクラスメイトらしく、男児は誰かの兄弟なのだろう。中の一人は、交流会でスピーチをした赤毛の子だった。
誰とでもすぐ仲良くなれるというウメッチの特技は、相手が女の子の場合、最大限に発揮される。
「あっちもほぼ同じコースだから一緒に回っても構わないってさ。いいよね」
ウメッチは戻って来るなり、満面の笑みでそう言った。
みんなの意見も聞かず、勝手に段取ってきた上に、有無も言わせず納得させるつもりらしい。
「まぁ、ええけど、お前ほんまに行動力あんな。だったら普段からもっとてきぱき動けや」
「みんなオーケーね。そんじゃ、合流しようぜ」
荒ケンの嫌味もどこ吹く風。ウメッチの大らかさに押し切られた形となる。
みんな渋々了解するが、この展開を歓迎するような面持ちも見てとれた。
「ハーイ」にこやかに迎える彼女らに笑顔で応えるが、ぎこちなさは拭えなかった。
女の子四人は黒装束の魔女に扮し、子供二人はドラキュラの格好をしている。
魔法使いが被るような、尖った帽子から垂れたポニーテールが風に揺れている。
羽織ったマントを翻すたびに見える、サテンのドレスが大人っぽい。
そのピッチリした身体の線や、胸のふくらみにドキドキし、目のやり場に困った。
ややきつめに化粧された目元や、真っ赤な唇がやけに色っぽかった。
そんな晃二たちを挑発するように彼女らは笑顔を振りまき、早口の英語でじゃれ合っている。
スタイルが良いのか、着こなしが上手いのか、四人ともよく似合っていて格好良かった。
片や晃二たちは紙袋の覆面を後ろ手に隠し、ぼーっと突っ立っているだけで、陽気に振る舞う彼女らに戸惑いすら感じていた。
「彼女がサラで、彼女は生徒会長のアイシャ……」
リサが通訳しながら紹介をするが、男性陣は恥ずかしがって下を向きっぱなしだった。
考えてみれば、今までハウス内に男友達はいたが、女の子の知り合いは一人もいなかったのだ。
クラスでさえ女子とは相容れぬところが多く、変な意識もあって上手くつき合えなかったのであるから。
みんな引け目を感じている上に、身長も向こうの方が高かったので気圧されたのだろう。
「それじゃ、仲良く繰り出すとしましょうか」
唯一、女性に対して物怖じしないウメッチは、張り切って先頭を歩き出した。
「リサ、可愛いねその犬。リサが飼っているの?」
ウメッチはリサの足元をうろついている小型犬の頭を撫でた。
「そうよ。可愛いでしょう」
「ふーん、フサフサして気持ちいいね。なんていう犬なの?」
「ヨークシャテリアよ。まだ二歳なんだから」
それを聞いたブースケは、しゃがんで手を出した。
「へぇ可愛いね。ヨークシャテリアちゃん、お手」
…… 。一同大爆笑である。
ウメッチはばつの悪そうな顔をして、思いっきりブースケの頭を叩いた。
「馬鹿かお前は。それは犬の種類だろうが。それにそんな長い名前つけるわけねぇだろ。よく考えろよ」
気を利かしたつもりが、いつもの天然ボケを演じてしまったブースケは、頭を掻いて苦笑いした。
「面白いのねブースケ君は。この子はね、ペニーって名前なの。ペニーってね、1セント硬貨のことなんだけれど、茶色くて小さいところが似ているんで、そうつけたのよ」
「へぇ、そうなんだ。素晴らしい名前だね。犬だけにワンダフルだよ」
ウメッチはもう一発頭を小突き、「もう喋んなくていいよ」と言ってそっぽを向いた。
リサの通訳に頼らざるを得なかったが、なんとかコミュニケーションを取りながら一行は収穫物を自慢し合う。
好き嫌いがあるのだろう、中には身振りでお菓子の交換を申し込む子も現れ、だんだんとうち解けていった。
やがて中央のメイン通りの教会辺りに差しかかると、大きなカボチャをいくつも並べ、ど派手な飾り付けをした家が見えてきた。
〈#3へ続く〉
https://note.com/shoji_kasahara/n/n6e112748ef6c