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【連載小説】アウトボールを追いかけて 第3話 「ハロウインを待ちわびて」 #6

「それなら、レジーとかはどう? 真面目だから真剣に考えてくれるかもよ」
「… レジーねぇ。確かに真面目でいいヤツだけど … 」
交流会で隣同士になった彼とは、その後も顔を合わせることが度々あり、その都度相撲の話で盛り上がったりしていた。
駄菓子屋で会ったりすると、お菓子の説明をしつこく聞いてくることが多く、外見によらず話し出すと止まらないタイプであった。
大好物のキャラメルコーンを餌にお願いすることもできるかとは思ったが、やはり巻き込むのはまずいだろう。
「やっぱ、やめといた方がいいかな。彼ら同士の関係もあるだろうし」
最近の彼らの行動を見ていて気がついたことがあった。
それは、白人黒人それぞれ別行動をしていることだった。
低学年のうちは一緒に遊んでいるのだが、ある年齢を越えると少人数のグループに別れ、遊び方も変わっていくようだった。
白人はローラースケートや自転車が多く、黒人はバスケやアメフトが多かった。
自然となのか、意識してなのか、はたまた違う理由がそこにはあるのか分からないが、きっと自分たちにはない特殊な見えない何かがあるような気がしていた。
 肌の色が同じ日本人でさえ考え方や生活習慣の違いで言い合うことが多いのだから、あって当たり前なのだろう。
特に横浜のこの界隈かいわいは、丘の上には欧米人が多く、ふもとや中華街などにはアジア系が多く住んでいたので、他の人種に対する考え方や接し方の違いを多く目にしてきた。
差別なのか区別なのか分からないが、それ相応の立場の大人が事も無さげに他の人種を批判するような言動を目の当たりにして驚いたものである。
おそらく国民性やら歴史背景やら、経験上でのことがあるのかもしれないが、その根底にある原因だか理由だかは分からないし、これと言って知りたいとも思わなかった。

「レジーだって白人のいざこざに巻き込まれたくないよ、きっと」
晃二の言葉に何となく想像できたのか、みんな納得している様だった。
結局、仲裁はあきらめて勝負を挑むことになった。
とは言え、何でどう勝敗をつけるのか、なかなかいいアイディアは浮かんでこなかった。
いくつか提案された中で多くの賛同を得たのが、スポーツの要素を取り入れた競技にして勝負すると言う案であった。
「じゃあ晃ちゃん、やっぱ野球かな?」
「それもありだけど、ただの試合じゃ芸がないかな…」
野球でも構わないとは思ったが、これまでに何度か試合をしているので、今回は別の競技がいいような気がしていた。
「なら、格闘技はどう? 相撲とか柔道とか、プロレスとかさぁ」
「おお、ウメッチ、たまにはいいこと言うじゃん。やったことないけど、面白そうやな」
荒ケンが言う通り確かに面白そうだが、観戦するのは得意であっても、やるにあたっては素人同然だった。
「柔道とかはルールがよく解らないからさ、相撲かプロレスがいいんじゃない?」
「それならすぐ決着する相撲がいいよ」
ブースケは、あまり怪我がなくすぐに勝負がつくことと、自分の体型にあっているとでも思って提案したのだろう。だが、簡単に終わるのもあっけないものである。
「それよっか、プロレスだろうよ。こっちは全日本プロレスで馬場と猪木と鶴田で、あっちがデストロイヤーとファンク兄弟だな」
「それ最高! 荒ケンが猪木で、晃二が鶴田。そんでウメッチが馬場で、俺がミル・マスカラスだな」
「モレ、それじゃオレが抜けているじゃん」
「忘れてた。ブースケは悪役だからブッチャーだな。火でも吹いて場外乱闘してろよ」
爆笑するも、よくよく考えてみれば日米ともに人気があるプロレスならアイツらも承諾するかもしれない。
確かに相撲の方が勝負の結果が分かりやすいとは思うが、今回用のルールさえ決めれば、取っ組み合って相手を叩きのめすプロレスの方が適しているだろう。
「相撲より格闘技らしいし、柔道より技の掛け方を知っているからいいかもね」
「お前は、ろくすっぽ四の字固めすら出来ないくせに、よく言うよ」
モレはブースケをののしりながらヘッドロックをかました。
「そうやな。誰かに見つかっても、プロレスごっこをしているって言えば喧嘩とは思われないしな」
「じゃあ荒ケン、その線で試合の進め方を考えてみようか」
一応、決闘の種目が決まり、あとは先方が納得するような内容やルールと、それを承諾させる方法を練るだけである。

「怪我は禁物だから武器はなしだぞ。素手で勝負だからな。モレ」
「なんだよ。せっかくなら金網デスマッチとかでもいいと思っていたのにさ」
「バカかお前は。どうやって金網を周りに張り巡らすんだよ」
今度はモレがウメッチにエルボー・ドロップを食らわされた。
「まぁまぁ、まずは試合形式だな。5対5での全員参加とするか、1対1か2対2だな」
「五人のタッグマッチだと、弱い奴の出番はほとんどないから、2対2の2試合、それと最後は大将戦での1対1ってのはどうよ?」
10人全員が同時にリングに上がるバトル・ロイヤル方式でという案も出たが、結局のところ、2つのタッグマッチとシングルマッチの3試合で、2勝した方に軍配が上がるという形になった。
「おぉ、いいんじゃない。組み合わせ次第でなんとかなるかもな」
「ラストは荒ケンとジミーのメインイベントかぁ。なんだか盛り上がりそうだな」
「アホ抜かすな。ウメッチはテレビの見過ぎや、盛り上げてどうすんだよ。観客もいねぇのに」
「まぁいいじゃん。因縁の対決ってことでさ」
「でも、問題は他の2組をどうするかだな」
本来ならは戦力として期待できないモレとブースケの代わりに誰か腕っ節に自信があるヤツを入れたかったが、今回はこの五人でなければ意味がない。ハンディはあるが仕方ない。
「モレとブースケのタッグだと負けるのは見え見えだから、モレとウメッチ、ブースケと俺って感じかな?」
「いいけど … 。オレは自信がないからすぐ晃ちゃんにタッチするんで、よろしくね」
「バカ言うんじゃねぇよ。技なんていいから、しがみついて倒して、そんで上に乗っかれよ」
「ハハハ。お前の唯一の武器は体重なんだから、それしか勝ち目はねぇな」
「うるさいぞモレ。お前なんか逃げ回るだけしか能がないくせに」
二人の得意技、けなし合いが始まりそうになり、晃二はルールの取り決めの相談に移った。

「でも、ロープはどうすんだよ? 無いとプロレスにならねぇぞ」
「そりゃ欲しいけれど、本物みたいのはちょっと無理だろうな」
「そんなら、親父が工事現場で使っているロープとくいで囲ってリングみたいにしよっか?」
荒ケンが内緒で持ち出してくる長めの杭に、黒と黄色の標識ロープを張って囲うことでなんとかなりそうだった。
もちろん形だけなので、ロープの反動を使うことは出来ないが、技から逃れるロープブレイクができるだけでも充分である。
最終的に決まったのは、各20分一本勝負。3カウントかギブアップで終了。決着がつかなければ勝負が着くまでの延長戦。
投げ技、絞め技、関節技はいいが、素手で殴る、髪を引っ張る、目潰し、噛みつき、引っ掻きは禁止。
もちろん、急所蹴りや凶器使用、タッチなしの乱入はご法度はっとである。
とは言え、誰もが見様見マネのエセ技しかできないので、試合内容は高が知れているだろう。
「それで、勝ったら何が貰えるのさ。それと、負けたらどうなるのさ?」
「勝ったって何も賞品はねぇよ。ただし負けたら … 」荒ケンは、そう言って晃二の顔を見た。
「そうだな。勝ったら名誉が与えられるだけだけれど、負けたらそれなりの罰がなきゃな」
「じゃあ、一生奴隷になって命令を聞くとか、丸坊主にするとかはどうよ?」
モレの、漫画の世界に浸りきった極端な発想は相変わらずである。
もしこちらが負けたら自分たちがそうなるとは考えが及ばないのだろう。
勝ち気満々なのはいいが、あさはかである。
「なにもそこまでしなくてもいいよ。土下座して「負けました」と頭を下げるとか、これまでちょっかい出してすみませんでしたって一筆書いてもらうとかで」
「土下座でいいんやねぇの。それだけでも屈辱だしな」
「そうだな。そもそも、奴らの振る舞いが度を越してきていることを正して欲しいだけなんだからさ。それに変な恨みでも持たれたら後々良くないからね」
まぁ、あと腐れなく済むかどうかは、いま考えても無駄であろう。
お互いが公平と思える条件で、それに従ってやればいいと考えたまでである。
最終的なこちらの条件は、メンバーは助っ人なしのいつもの五人。
取り決めした反則をしたら負けで、その試合は終了。
そして、負けたら土下座して地面に頭をこすり付けて負けを認めること。
それら、試合形式やルールを書き入れた書面と、果たし状を彼らに渡して欲しいと、夕方ボビーに連絡した。
ついでに、ダンと二人で当日のレフリーをやって欲しいというお願いも一緒に。

 そして三日後の日曜日。ちびっこ広場で野球の練習をしているところに、ボビーが返事を伝えに来てくれた。
「ジミーたちはオーケーだってさ。面白そうだから受けて立つって言ってたよ」
ボビーは、なんでそんなことをやるのかは解っていない。
ただ遊びの一環で試合するだけだと思っているのだろうが、その程度で構わなかった。
かえって、これまでの遺恨いこんを果たす日米の決戦だなんて聞いたら怖気おじけ付いてレフリーを辞退したかも知れないので。
「ボビーはプロレスってたまに観たりする?」
晃二が尋ねると、目を大きく見開いて「I Love It(大好きだよ)」と嬉しそうに答えた。
「じゃあ、試合の進め方とかルールとか解るよね」
「普通の3カウントのタッグマッチでしょ、解るよ。でも、ファール(反則)とかは決めておかないといけないよね」
好きなレスラーを訊くと、特に覆面レスラーが好みで、ミル・マスカラスやデストロイヤーのファンだった。
最近は本国のスポーツ雑誌で注目されているスタン・ハンセンを応援しているらしく、意外なことに渡米した上田馬之助のファンでもあった。
テレビでもよく観ているとのことで、晃二たちよりもレスラーに詳しかった。
性格上、フェアなジャッジをすると思えるので、レフリー役にはおあつらえ向きである。
試合運びや反則を含めたルールを説明すると、細かな質問を投げかけてくる。
多くは反則に関してで、この場合は反則負けにするかなど、過去のテレビでの試合を持ち出して興奮気味に訊いてくるところなど、普段では見られない姿に意外さを感じた。
大体の擦り合わせがすんだところで、ボビーが言い忘れた、と言って先方が受け入れるための条件を提示したことを最後に付け加えた。
今回の決闘の承諾条件は、場所をベース内の空き地にすることと、負けたら二度とベース内には立ち入らないこと、ということであった。
試合会場は問題ないとして、負けたらベース内で遊べなくなる、となるとこれは問題であった。
そんなことならモレが提案した、丸坊主にする、くらいの罰を提示しておけば良かった、とは思ってももう変更も撤回できないのである。
円陣を組んだ五人は、意を決した表情で顔を見合わせると「絶対に負けられないからな」と声に出して必勝を誓い合った。

 決闘当日、授業が済んだあとの終わりの会のとき。モレとウメッチは掃除当番を代わってもらう段取りをつけ、日直だったブースケは日誌書きを女子に押しつけ、そそくさと帰りの支度を整えて、今日に限っては真面目に席に着いていた。
先生の説教も特になく、最後に親に見せるように言われて渡された藁半紙わらばんしには、中学進学に対する意見書と書かれていた。
卒業まであと四ヶ月。まだ先のことに思えたが、きっとあっという間なんだろう。
進路なんて自分では決められりゃしない。
みんなと同じ中学に行きたくても、叔母の赴任している私立の中学を受験させられるのだろう、と晃二はやるせない思いで用紙を畳んでカバンに放り込んだ。

 待ち望んでいた終業のチャイムが鳴ると、五人は周りをキョロキョロ見回しながら下駄箱に向かった。
その日は午前中から皆どこか落ち着かなかった。
秘密裏でのことなので口外禁止だったことがさらに特別な意識を植え付けていたのだろう。
ちょうど上履きを履き替えているとブースケが追いついてきた。
直接ちびっ子広場に集合することにしていたが、はやる気持ちからか、学校を出る前にすでに五人全員が揃っていた。
「さぁ、行くぞ。早いとこ片づけちまおうぜ」
「オレらにしてみりゃ、赤子の手をひねるようなもんだよな、晃ちゃん」
 対決を楽しみにしているような台詞だが、ブースケのは明らかに見栄を張ったから元気に聞こえた。
ちびっ子広場に着くなり、いつもの町内会の物置裏に荷物を隠す。
六年生にもなるとランドセルを背負っている者は少なく、それぞれお気に入りのカバンやブックケースで登校していた。
その中で一番多いのがアメリカンフットボールチームのマークが入ったモノで、中でもスーパーボールを2連覇しているマイアミドルフィンズが一番人気であった。
「モレとブースケは腹にこれでも入れとけよ。よろい代わりになるぞ」
ウメッチは教科書を出して二人をからかうが、ブースケは「なるほど」と本気にしていた。
「こっちから言い出したんだから、武器は全部置いてけよ」
そこでモレが顔をしかめてゴソゴソとポケットから出したのは、ボンナイフ、2B弾、爆竹だった。
「お前、一体なんに使うつもりや、そんなもん?」
「えっ、場外乱闘になったら投げつけようかと思ってさ。念のために持ってきただけだよ」
やれやれ。晃二が溜息をつくかたわらから、ブースケは申し訳なさそうにパチンコ玉を出した。
「しょうがねぇな。みんな、余計なもんはこの袋に入れとけよ」
晃二は物置の隅に積み上げられたカバンの上に給食袋を広げて置いた。

 準備が整ったところで、ベースに向かって出発する。
大体の打ち合わせはできていたし、細かな注意は歩きながらすればよい。
まぁ、作戦と言ったって、技はヘッドロック程度しかできないのだ、戦略もへったくれもない。
それに相手タッグの面子めんつを見てみなければ戦い方は分からないのだし。
ただ、モレはまぁいいとしても、ブースケのことが多少気掛かりだった。
しかし、気にしてどうなるもんでもない。
「ロープの反動が使えないから、組み合っての戦いになるだろうな。だから息が切れたらすぐタッチして交代しろよ」
そう注意すると、ブースケは「オレはどうすればいいのかな」と弱々しく訊いてきた。
「なにを今さら言ってんだよ、ボケ。この期に及んでひるむなよ。なんでもいいから食らい付け。そんで羽交い締めにして倒して上に乗っかれ。お前の体重なら3カウント取れるかもしれねぇぞ」
「そう言うけどさぁ。じゃあモレはどうやって戦うのさ」
「俺は機敏に動き回って相手を撹乱して、それからバックドロップを決めてそのままフォールだな」
本人はその気でも無理があるのは見え見えである。
走り回るのはいいが、ヘトヘトになったら不利だから注意しろ、とだけ晃二は伝えるに留めた。
「みんな本気でやんなきゃダメだぞ。ハロウィンの恨みもあるんだしな」
ウメッチにはウメッチのこだわりがあり、荒ケンと晃二もまたしかり、である。
晃二は兄貴に頼んでまで脅しを掛けてきた、彼らの根性が気に入らなかった。

 指示された空き地に着くと、約束の三時ぴったりであった。
林からジミーたちが現れたのもほぼ同時だった。
「逃げずにちゃんと来たな。まぁそれだけは誉めてやるよ」
ウメッチは吐き捨てるように言って肩を揉みほぐした。
すでに戦闘体制に入っているぞという意思表示のつもりらしい。
すぐさま、晃二は品定めするように連中の体格をチェックした。
これまでまじまじと見ていなかったが、全体的に身体は自分たちよりもでかく、五人ともお揃いのユニフォームを着ていた。
おそらく所属するバスケチームのものだろうが、初っ端からちょっと差をつけられた気がした。
「こんな場所選んで、罠でも仕掛けてあんじゃねぇだろうな」
ウメッチは、自分だってここの住人だから下手な真似したってすぐばれるぞ、という意味も込めて言った。
じっくり辺りをうかがうが、特に怪しげな様子は見当たらない。
さすがに子供じみた手は使ってこないだろう。

 教会裏の林の間に小さくぽっかり空いた芝生の中央に、5メートル四方のお手製のリングがドンと構えている。
昨日の夕方、晃二と荒ケンが杭を打ってロープを二段に張った自慢のリングである。
何に使うかはさて置き、可能ならこのまま残して欲しいと思うほどの出来えだった。
「反則したらその時点で負けだからな、わかってんだろうな、ジミー」
信用できないので確認すると「お前らこそ汚い手を使うなヨ」と言って唾を吐いた。
レフリー兼通訳として来ていたボビーとダンは、時計と警笛ラッパを手にしてすでにリングサイドに待機している。
3メートル程の距離を取って正面から向き合い、タッグの順番とメンバーを発表する。
1組目はモレとウメッチの組と、相手側は若干小柄な二人、この取り組みとなった。
相手の一人は金髪で小太り、もう片方は夏に戦った泥合戦のときに怪我をしたメガネ野郎だった。
二人とも身体付きは大したことないため、勝ち目はありそうに思えた。
互いにジャンパーを脱ぎながら両サイドに分かれ、ウォームアップをする。
出番が最初のモレに、テレビで見る大技は出来っこないからタックルか頭突きで攻めろ、と言うと「いや、ブレンバスターならできるかも」との答えが返ってきた。
各自、技のかけ方は研究してきたらしいが、素人では持ち上げるだけでも無理であろう。仕方なく好きにさせることにした。
「よっしゃ、じゃあ20分一本勝負。さぁ始めようぜ」
荒ケンが開始の合図をすると、ボビーは腕を高々とあげてゴング代わりの警笛ラッパを鳴らし、ダンは時計のボタンを押した。

〈#7へ続く〉

https://note.com/shoji_kasahara/n/ndc0e33a56dea

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