栄養士でない自分
食べる量を増やしてるけれど、なかなか太れずにいます。やっと60kgになりました。自分の標準体重は73kgで、丁度良いなと思うのか66kgです。最低でも63kgには戻したいです。
正直、自分でも小学校(栄養教諭)を辞めるとは思いませんでした。資格を取るのも簡単ではなく、土曜日も朝〜夕方までびっしり授業でしたし、何より子供の健康を守りたくて取りました。
専門学校卒業後は、協力隊に行くために、病院と保育園で働いて、帰国したら、栄養教諭になろうと思っていました。
そして、グアテマラに行って、日本に帰って来て、まずは通信制大学に復学し、卒業するためにバイトで働いてました。スクーリング(大学に行って受ける授業、ふつうに平日に授業があるためフルタイムでは働けない)が残っていたからです。
スクーリングも終わり、卒論だけになったので、講師登録をしました。けれど、なかなか空きがなく、やっとの思いで講師になれました。最初は2ヶ月だけの契約でした。
もちろん、教員採用試験も受けました。
ダメでしたけれど。
最初の契約が終わって、就活をしていました。国際協力を続けたいので、大学院の進学を考えていますというと、結果は全滅。
この時は、さすがに落ち込みましたね。
また調理のバイトでもしようかなと思っていたら、2回目の講師が決まりました。
小学校での仕事はやりがいがあって、子供と接することが出来るのが何よりも嬉しかったです。
年収も初年度の社会人のときよりも、約2倍にも増えて、有給は取れるし、何よりも自分がやりたかった仕事でした。
でも、 10年後、20年後の自分の姿が容易に想像出来ました。これで良いのかな?って、思いました。
「栄養失調の問題を改善したい」
2年グアテマラで活動していましたが、何も出来ずに…それどころか、たくさんのことを学びました。
「やっぱり、グアテマラに行って栄養失調の問題に取り組みたい」その思いは日々強くなって行きました。
「自分のために時間を使うよりもグアテマラのために使おう」と。
グアテマラに行くお金も出来たし、大学も卒業出来るので、行こうとしました。
ところが、例のウイルスのため渡航出来なくなりました。
緊急事態宣言も出ていて、今後どうしようかなとNGOやソーシャルビジネスを検索していました。たまたま「途上国 栄養士」で検索してみたら、青森に国際栄養学の大学院を見つけました。
見つけた瞬間に「進学しよ!」即決でした。
その日は夜中の2時でしたので、翌日から勉強をしました。
それで、仕事をどうしようかな?と考えました。
食育がしたいので、保育園で働こうと考えたのですが、土曜日の勤務を考えると院との両立は厳しいかも、あとグアテマラに行って、フィールドワークもしたかったので、とりあえず飲食店でのバイトで、様子をみようと思いました。
今後の見通しが分からない状態で就職をするのは迷惑をかけてしまいますので、それだけは避けたかったからです。
なので、小学校の前に働いていた飲食店で再びバイトすることにしました。人間関係も良く、国際協力をしたいって言っても、嫌な顔はされないですし、むしろ応援して頂いているので、本当に感謝しかないです。
このお店で、また働けて良かったと思っています。栄養士ではありませんが。
「働いている方の健康を守りたい」と、言う気持ちもあるからです。
小学校や保育園では栄養士さんがいて、バランスの良い料理が食べれますが、社会人だとそうは行きません(社員食堂があるところは良いですが)。自己管理するのって難しと思います。管理栄養士の自分でさえ、痩せ過ぎて、めまいや立ちくらみで、職場に心配をかけてしまっていますし。
働いている人たちの健康も大切です。
栄養士として働いてないことに葛藤はありますが、少しでも、社会に貢献出来ていると良いなーと思う、そんな毎日です。
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