死者からのメッセージ・導かれその先へ (ぺルー その⓫)
「記憶の断片」
今夜なのか、明日なのか。
センデロ・ルミノソからの連絡があるのは
大谷さんと翻訳の残りを片付けながら落ち着かない時間が過ぎてゆく。
翻訳してもらったインタビュー質問内容も大谷さんと何度か見直す。
大谷さん
「何事もなく無事に取材が終わればいいけど。何かあったらどうする?
私には何もできないし。ペレイラ神父に相談するしかないわ」
私「うん、それでいいよ。あとはテレビ朝日・メキシコ支局長A氏にも相談して」
そのメキシコ支局長A氏に連絡する。
「近藤ですが、センデロ・ルミノソの単独取材ができそうです。予定では今夜か明日の夜。今は彼らからの連絡待ちです。これまでの経緯から本物のセンデロと思います。確約はできませんが」
そしてこれまでの経緯や状況など説明する。
A 氏
「本当なの?近藤さんを信じて無事に終わるのを祈るしかないけど。とにかく無茶なことだけはしないように。2日後にリマに着くように手配するから。アントニオにはこれから連絡します。」
さすが報道を長年やっているA氏だけに余計なことは言われずに連絡は終わる。
しかしこの結末はどうなるのか?
今は暗闇に立ち尽くす私の姿だけが思い浮かぶ。
日本でこのぺルー企画を考えた時、すでにこうなることを予感していたように思う。
何かに導かれるようにここまでたどり着き、そしてこの先に何があるのか、
不安と恐怖に包まれながらも確かめないと。
そう自分に言い聞かせながら過ぎてゆく時に身を任せる。
そして大谷さんとの翻訳作業を進めながら夜を迎える。
心配そうな大谷さん、ペレイラ神父に確認のため電話をいれる。
大谷さん
「ペレイラ神父だけど、今夜は動きがないそうよ。たぶん明日の夜になると言っていた。」
大谷さんが帰り、様々なことを考え眠れぬ長い夜が始まる。
そして翌日、早朝目覚めるが、睡眠不足で頭が重い。大谷さんに連絡を入れ二度寝することにした。今夜に備えて。
もし今日、センデロの単独インタビューがあるなら長い夜になるから
昼過ぎに起きるとホテルのカフェにはみんなが集まっていた。
すでにペレイラ神父から大谷さんに連絡があり、取材は今夜に決まったそうで、アントニオも覚悟を決たのか、カメラなど取材の準備を終え、いつでも出発できる状態だった。
私は今夜に備え、待機室としてホテルの一部屋を借りる。
その部屋にみんなで移動し、ルームサービスで食事をとる。
いつもなら賑やかな食事タイムとなるのだが今日は静けさが部屋に広がる。
アントニオがベッドに横になりため息をつく。
彼も昨夜は眠れなかったに違いない。
取材に出かけるのはアントニオと私。
大谷さんとセサールはホテルで待機。夜には仕事を終えたビクトルさんもホテルに来ることになっている。
ペレイラ神父からの連絡を待つ長く静かな時間が始まった。
それぞれが様々な思いを胸に抱きながら過ぎてゆく時間に身を任せている。
そして深夜0時、ペレイラ神父から連絡が来る。センデロとの待ち合わせ場所の連絡。アントニオが神父と話す。
アントニオ
「場所はここから車で30分ぐらいのリマ郊外で、元工場跡の大きな廃墟がある寂れた場所だ。
神父も教会で待機していてくれる。」
私とアントニオはセサールの運転する取材車で待ち合わせ場所へと出発。
ホテル前別れ際、心配そうにこちらを見ている大谷さんの顔が目に焼き付き、街のネオンが眩しくだぶって見える。
郊外に出るとビルもなく荒野が続く、深夜だが、空には満天の星と月あかりで明るい。
待ち合わせ場所の廃墟に着くと私とアントニオを車から降ろしセサールは去って行った。午前2時半頃、人目につかないようにセサールはここに戻ってくることになっている。
月明かりのなか、アントニオとがれきの上に腰掛け、センデロが現れるのを待つ。
人の姿はどこにもなく廃墟と荒野が広がっている。
私はタバコに火をつける
タバコを吸わないアントニオも、私からタバコを受け取り火をつける。
会話もなく沈黙が続く。
どれぐらい待っただろうか。時計に目をやると着いてから一時間はたっているが何も起こらない。
もしかしてこの1時間は我々に怪しい動きがないか見張られているのか?
そして深夜2時になろうかという時、背後から人の気配が近づき背中に硬いものが突きつけられる。
はっと身構え、
隣のアントニオを見れば両手を上にあげ私に目で合図を送っていた。
私も同じように両手をあげる。
「Don't Move」 低い声が耳にささる。
背後から足元や全身をまさぐられ身体検査をされる。
そして頭から大きな布の袋をかぶせられた。
目の前に闇が広がり何も見えなくなる。
背後の男は、私の腕を取り歩くように促す。しばらく歩くと車に乗り込むように手を引っ張り上げられ、耳に車のエンジン音が響く。
座席に座った私の脇腹には、硬い筒状のものが押し当てられている。
この時、恐怖心というより、今置かれている私の状況を遠くからもう一人の私が見守っているような不思議な感覚に陥っていた。
しばらく車で走った後、エンジン音が止まりドアの開く音。そしてまた腕を引かれ車から降りるように促されて歩く。
男の手が私の腕を離し
「Don't Move」の声。
立ったまま待っていると頭から被せられていた袋がはずされる。
目の前に赤い頭巾を被ったセンデロのメンバーが二人立っていた。
そこは廃墟の中の一室で壁にはセンデロ旗が張られている。
両脇の壁沿いに同じく赤い頭巾の男たちが私たちを取り囲むように立っていた。
そして我々の後ろにも3人ほど闇に紛れて私たちを取り囲んでいる。
みんなカラシニコフやハンドガンを手にしている。
目の前に置かれた粗末な木製のテーブル席にリーダーらしき一人の男が座る。
彼がアントニオに話しかける。アントニオが私に「パスポート」と呼びかけ私はパスポートを出し 目の前の男に渡す。
彼は私のパスポートを丹念に見た後、私に返してくれた。
そしてまたアントニオに話しかける。
それを合図にアントニオは三脚にカメラをセットしマイクの準備を始めるが、マイクコードをカメラに繋げるのに手間取っている。
よくみればベテランカメラマンのアントニオでも手が震えていたのだ。
ここまでたどり着き録画がされてないミスが起きればすべてが水の泡となるので私もカメラを覗き最終チェックを行う。
そしてインタビューの開始。
スペイン語なのでインタビューはアントニオに任せるしかない。
私と大谷さんで作成した質問内容をアントニオが読み上げ、センデロのメンバーが答えてゆく。
こうして世界で初めてのセンデロの単独インタビューが始まった。
私のなかで恐怖心はなく、どこかに置き忘れていたもう一人の自分がこの取材を行っているような感覚のまま時間が過ぎていくように感じられる。
こと細かく作成したインタビュー質問にセンデロのメンバーは嫌がることなく答えてくれる。
まだ若い彼はペルーの悲惨な状況から抜け出すためセンデロ・ルミノソに入り洗脳されたのか。
または革命という言葉に魅せられ武装闘争への沼に嵌まり込んでいったのか。
アントニオの質問に澱みなく的確に答えるセンデロのメンバー。
センデロ・ルミノソ インタビュー
「私はかっては大学生だったがやめて労働者となり革命への道に進んだ。
多くの人民が苦しんでいるなか、共産主義を確立するため戦う。
フジモリ政権はアメリカの介入をこのぺルーに許している。
アメリカ帝国主義に屈服している。これは排除しなければならない。
日本政府が派遣している日本人についても同じだ。アメリカ帝国主義に追従しているしフジモリ政権を援助している。そうした政府関係者は襲うことになる。
JICAの人たちは日本政府からの派遣者だ。したがって我々の戦いの標的である。
これは人民のための戦いなのだ。」
そして彼らはインタビュー最後にセンデロ・ルミノソのスローガンを見せてくれた。
「ぺルー共産党万歳! 人民戦争万歳! 我が大統領ゴンサロ万歳!
帝国主義は崩壊せよ! ヤンキーに死を!」
(ゴンサロ大統領とは、センデロ創始者の元大学教授・グスマンの愛称)
およそ一時間に及ぶインタビューは終わった。
私は100ドルをリーダーに渡す。
アントニオがカメラ機材を片付けるとセンデロのメンバーが車に積み込む。
そして来た時と同じように頭から袋を被せられ、車が発進する。
30分ほどして車は止まり腕をつかまれた私とアントニオは車から降ろされ
歩かされる。
「Don't Move」の声とともに被せられた袋が取り払われた。
目の前に月明かりに照らされた荒野が広がる。
待ち合わせ場所に戻ってこれたのだ。
しばらくは動かずそのまま立っていたがアントニオと目くばせをし、やっと自由になったことを確かめる。
カメラ機材も近くに置かれており無事だった。
アントニオはカメラを抱きながら泣き笑いのような顔を見せる。
時間は3時半になろうとしていた。
すると物陰からセサールが駆け寄りアントニオに抱き着く。
離れた場所に車を止めて待機していたそうだ。
車のエンジン音で我々が戻ったのに気付いたが、車が走り去るまで待っていたのだ。
セサールの顔も泣いてはいないがクシャクシャに歪んで見える。
ともかくセサールから受け取った携帯電話で、ペレイラ神父、大谷さんへとアントニオが連絡する。
メキシコ支局長A氏への連絡は大谷さんに頼んだ。
ホテルへの帰り道、車内に興奮して喋るアントニオの声が響く。セサールに状況を話しているのだ。ホテルに着けば同じようにビクトルにも話すのだろう。
ともかく終わった。
ホテルに帰りビールを飲みたい。
今はそれだけを考え車窓に流れるネオンの光をぼんやりと眺め、
タバコに火をつけた。
ぺルーその⓬へ つづく
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