見出し画像

死者からのメッセージ        (ペルーその❺)

    「記憶の断片」

 朝6時、目が覚める。ぺルー二日目。
特に時差ボケもなく快調、部屋に備え付けのインスタントコーヒーをいれる。
このぺルー企画を立ち上げてから、ひたすら実現へと進め、時も過ぎてゆき、今はリマのホテルで朝を迎えコーヒーを飲んでいる。
そしてそれまでの生活では出会うことのなかった人達との新たな出会いも生まれた。

今日から取材開始、ぺルー企画序章の始まり。

 しかしメキシコ支局長A氏との出会いは強烈だった。
これまで見てきたテレビ局社員とは明らかに違う異質さを感じ、その異質さは私には心地よく好感が持てた。
そのA氏は今日メキシコに発つが、私の取材が終わりを迎える頃、後始末を兼ねぺルーに来るので、また会えるのが楽しみだ。

 ホテルロビーに大谷さん、カメラクルーのアントニオ、セサール達が到着する。
これからの大まかな取材スケジュールやインタビューのアポイントメントなど打ち合わせを行う。
そしてデモのため人々が集まり始めるというのでアントニオ達の取材車に乗り込む。車には警察無線を聞くことのできる無線機器などいろいろとセットされていた。 

デモは主にリマのビジネス街で行われている。
今回のデモは、先住民族や地方から出稼ぎにきた農民が行き場を失い政府に抗議するためだという。

当時、腐敗したガルシア政権時代から続くデモや反政府組織による活動は激しさを増し、フジモリ政権になって1年後も危機的経済状況から各地でデモや反政府組織、左翼ゲリラによる破壊活動は増えているのが現実だった。

 しかしフジモリ政権誕生からは、新政権を快く思わない派閥が、こうしたデモや反政府組織を利用し煽り立てて、フジモリ政権打倒を企てているという確かな情報も浮き彫りになってきていた。
そして「JICA事件」は起きた。

アントニオや大谷さんも、今はこうしたデモを利用してフジモリ政権打倒を企ててる派閥がいるのは事実で大きな問題だという。いずれ強気なフジモリ大統領はこうした問題に大きな一手を打つに違いないと二人の意見は一致していた。
 
いずれにせよ地方から出てきた人々は行き場を失いホームレスとなり、リマ郊外のスラム化が進み広がっているのも事実である。

 ビジネス街一画の広場に民衆が集まっていた。
我々は離れた場所に取材車を止め、「PRESS」の腕章をつけその群衆に近づいていく。
多くの人がプラカードや手書きの旗など持っている。その状況を撮影し何人かのインタビューも収録していると誰かが笛を吹いた。

カメラマンのアントニオの反応は早かった。
彼がカメラを向けた先には、さっきまではいなかった警官隊が集まっていた。かなりの数である。
そしてデモの群衆がその警官隊に向かって静かに行進を始めた。

我々取材陣はその中に巻き込まれないよう、脇によけながらついていく。同じようにBBCやCNN、現地テレビクルーなどもきていた。

ビジネス街の朝、大通りの真ん中でデモ隊と警官や治安部隊が対峙し行進が止まる。

気が付けばデモ隊の群衆も数が増えていた。そして睨み合いから小競り合いに。その後、警官隊と民衆が入り乱れ乱闘が始まり、後ろにいた群衆も前線へとなだれ込んでいく。
それを受け警官隊が後ろにさがり隊列を組みなす。
その後方には装甲車や放水車が待機していた。

アントニオ達に気をつけろと促されビルの陰に引っ込み撮影する。大谷さんが説明してくれる。
これから放水か催涙ガスの攻撃が始まると。
放水ならカメラ機材がだめになるし、催涙ガスも直撃されれば危険である。

我々はデモ隊の中間あたり横、ビル沿い影にいた。 
前線に近いかなと4人で後退し始めた時、催涙ガスの攻撃が始まる。我々の傍にもガス弾が撃ち込まれ転がってくるが、すばやくビデオエンジニアのセサールがそのガス弾を蹴り飛ばす。辺りに煙幕を張ったように白くガスが立ち込め、きな臭い匂いが鼻につく。

それまで前に進んでいた群衆も散り散りに催涙ガスから逃れるように走り逃げ出した。次々にガス弾が撃ち込まれ我々も逃げるしかない。

初めての催涙ガスの洗礼。とにかくキツイ。目が開けられなくなり涙が止まらない。鼻水は出るはのども痛い。現場から離れ取材車近くまで逃げて歩道の端に4人で座り込む。周りには催涙ガスから逃げてきた人たちが同じように座り込みペットボトルの水で目を洗ったりごくごく飲んでいた。

セサールが私にタバコをくれという。タバコを吸うとだいぶ楽になるからと教えてくれる。
本当なのか? 私だけがタバコを吸うので半信半疑でタバコを3人に渡す。大谷さんもタバコのことは初めて聞いたと泣きながら慣れないタバコを吸った。

休んでいると徐々に涙も出なくなり楽になってきたがタバコの効果なのかどうかはわからないままである。
そのうちにデモの群衆も解散状態で警官隊の数も少なくなっていた。

アントニオによれば今回のデモの群衆は武器を持っていなかったので比較的静かに終わったという。
たまに群衆に左翼ゲリラが紛れ込み武器で治安部隊に反撃するため非常に危険な時もあるという。
そうなれば市街戦となり装甲車、戦車も投入され街は戦場と化すそうだ。

落ち着きを取り戻した後、リマの風景や街頭インタビューなど撮影する。

午後はリマに住む日系人社会の取材である。
初の日系人大統領誕生、そのなかで起きた「JICA事件」。
そうした影響で日系人社会は緊張と不安で揺れ動いているという。

「JICA事件」が起きる前にも、事業で成功し裕福な日系人家族が武装組織に襲われる事件が起きていたのだ。

デモと警官


催涙ガス銃

ぺルーその❻に つづく


よろしければサポートお願いします。これからの取材活動などに使わせていただきます。よろしくお願いします。