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甘いシリアル、苦いシリアス、静かなシリウス
夜中の3時。健一は台所でシリアルの箱を手に取り、牛乳をボウルに注いだ。
「これで本当にいいのか……」
ふと手を止める。昼間の口論が頭をよぎった。恋人の美咲の言葉はいつも正しい。それがわかっているからこそ、今日はいつも以上に心に刺さったのだ。
「どうして何もしないの?」
彼女の言葉が、健一の無気力な日々を一刀両断に切り裂いた。
目の前のシリアルをかき混ぜながら、健一はため息をついた。苦い気持ちが消えない。
「……なんかシリアスすぎるよな、俺。」
皮肉っぽく笑いながら、シリアルのボウルを持って窓際へ向かった。カーテンを開けると、澄んだ冬の夜空が広がっている。息を吐くと、窓ガラスが白く曇った。
そのとき、ふと目に入ったひときわ明るい星。
「あれが……シリウスか。」
子供の頃、父親が教えてくれた。「冬の夜空で一番明るい星、それがシリウスだ。どんなに迷っても、あれを見れば方向がわかる。」
あの頃の自分は、父の言葉をただ信じるだけだった。でも今はどうだろう。何も決められず、未来を恐れるばかりだ。
冷えたシリアルの甘さを舌に感じながら、健一は星を見つめた。夜空に光るシリウスは、何も語らず、ただそこに在る。けれど、その静けさが心に響くような気がした。
「……美咲に謝ろう。」
スマホを取り出し、画面を開く。迷いを振り払うようにメッセージを打ち込む。
《ごめん。話がしたい。》
送信ボタンを押した瞬間、シリウスが少しだけ明るく輝いたように見えた。健一は深呼吸をし、冷えた空気の中にわずかな温かさを感じながら立ち上がった。
ボウルを片付ける手は、少しだけ軽かった。明日は、少し違う日になる気がしていた。