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夏の日、僕と彼女は車で高原へ出かけた。
白樺と赤松の林を抜けると、湖があった。
車を停め、僕と彼女は散歩した。
高原の乾いた空気越しに光が降り注ぎ、反射する。
彼女は切り株に腰をかけた。
僕はその横に立ち、湖を眺めた。
彼女は切り株の年輪を見つめていた。
「これがレコードだったら、どんな音楽が鳴るかな。」
そう彼女は言い、ネイルの先で年輪をなぞった。
それが僕と彼女が会った最後の日だった。
僕は携帯電話を切り、自分の部屋で立ち尽くしていた。
書架に目をやると、レコード。
僕はその一枚を取り出し、プレーヤーにかけた。
チャイコフスキー、《白鳥の湖》。
音楽がクライマックスに差しかかったとき、鳴り渡っていた音が止んだ。
僕はプレーヤーに近づき、止まったレコードを見た。
針先の黒い盤面に、ネイルアートの花びらがついていた。