#59薬剤師の南 第9話-9 隠れ家(小説)
夕方、ようやく患者さんの出入りが止まり、薬局の中には職員のみになった。
「殺虫剤の中毒かもしれない患者さんに当たっちゃうとは……めったにない経験だったねぇ」
と社長。
「薬局で対応するのはキツすぎますよ……あれは」
「まあ、うまい具合にできてたみたいだから僕は口を挟まずに見てたよ。いやー、ほんとうちに来てくれてありがとうね、南さん」
「ああ、そういえば、當真さんが糸数さんのことをすごく警戒してたような感じでしたけど、社長は何かご存じですか?」
「うーん、糸数さんねぇ。すごく優秀な人ではあるんだけど……」
社長が口ごもっていると、
「病院の薬だけじゃなくて、シロアリとか、あんな薬のことも知ってなきゃいけないなんて、大変っすねぇ。薬剤師って」
新垣さんがぽつりと言った。
「ちょっとは薬剤師を見直してもらえたかな?」
奥から呉屋さんの声が飛んでくる。
「まあ、ちょっとだけっすよ」
「ハハハ、何かと叩かれやすい仕事だから、そんなもんで十分ですよ」
薬局の皆に、どっと笑いが起きた。
私は改めて川満さんに向き合う。
「川満さん、今日はありがとうございました。川満さんが知念さんと話をしていなかったら、シロアリの薬のことを聞き出せませんでした」
「私は薬のことは何年仕事しててもわからないことだらけだから、お互い様。足りないところはみんなで助け合わないとね」
やがて當真さんが裏口から帰ってきた。知念さんについての顛末を報告すると、
「――糸数を相手によくやった! 褒めてつかわす! ……あ、ごめん。今のパワハラっぽかった」
「いえ、大丈夫です!」
「本当? パワハラだって思ったら社長とか呉屋さんにすぐ相談しちゃってね」
自分の成しとげた仕事を喜んでもらえるのが、今は心から嬉しかった。
その後當真さんは電話機を手に取って、
「あ、スノーマリン薬局の當真ですが――」
と話しながら店舗の奥に消えた。
(よし、仕事だ。今日の残り時間もあとわずか――)
私はパソコンに向かいながら、新たな患者を待ち続ける。
※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。
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