#42 薬剤師の南 第7話-9 ヒーローの南(小説)

 薫が電話を取る。

「はい……はい……お伝えしたとおり、沖縄の姉のところに来ていて、東京に帰るのは明後日です。え? そうなんですか?」

 相手は仕事関係の人間か。業界で鍛えられたせいか、随分しっかりとした受け答えだ。私が今の薫と同じ十八だったころ、ここまできちんとした言葉遣いが出来ただろうか。

「何か妹ちゃん、只ならぬ雰囲気?」

「そうかも」

 シロと私は電話の邪魔にならないように声を潜めるが、

「やります!」

 唐突な薫の大声に、二人そろって体を震わせた。

「やらせてください! 何とかします! はい、お待ちしてます! 失礼します!」

 何度も頭を下げて薫は電話を切る。

「どうした?」
 と私が訊ねる。

「マネージャーさんからだったんだけど、明日……仕事が入った。午後から稽古したいからなるべくすぐ来てくれって」
 薫は呆けたような、驚いたような顔をして言った。

「――仕事!? 明日!? それに今から稽古ってどういうこと!?」

「昨日のニュースの食中毒、あれ、うちの事務所の系列の会社だったんだって。休憩で弁当を食べた役者さんがほぼ全滅しちゃって、どうにか会社内で明日のスケジュールの空いてる人をやりくりしたけど女性が一人どうしても足りないってことで、私に連絡が来たの」

「で、薫は何をするの?」

「……ヒーローショーの、MC」

「ええ!?」

「わお、超ラッキーじゃん! ショッピングモールとかでやるやつ?」

 動揺する私をよそに、シロが前のめりになって訊く。

「はい、ノーズタウンの那覇一号店というところで、明日の午後だそうです。こういう状況なので私の台本はできる限り削るそうです。あと、もちろん私がアクションをするわけではないんですが……」

 薫のキャリアにとっては千載一遇のチャンスに違いないだろう。だが、実績がゼロに近い役者に託すのはあまりに危険な賭けではないか。

「稽古の場所とか台本とかすぐにメールで送ってくれるって。今日は最悪でも夕方くらいに合流してくれればいいって言ってたから、それまでに体の調子を落ち着けないと……」

「今もあまり食べてなかったけど、調子悪いの?」

「何か、朝からお腹の調子がよくなくてさ、早く行きたいけど、少し落ち着いてじゃなきゃ他の役者さんに迷惑かけちゃうし」

 と薫は自分の腹部をさすり、苦痛の表情を浮かべる。どうやら私が思っていたよりも良くないようだ。こんな状態でまともに稽古ができるのか?

 いつまでもレストランで騒ぐわけにもいかないので、シロの「車の中で少し休めば?」との提案に甘え、薫をそこまで連れていくことにした。

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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