#49薬剤師の南 第7話-16 ヒーローの南(小説)

 誰もいない朝の小道に響く、キャリーケースを転がす音。

 薫は早朝の飛行機で東京に帰る。私は薫を見送るためにバス停までの道を薫と並んで歩いていた。

「今日仕事でしょ? ついてこなくていいのに」

「まあ、いいから」

「どうせもうすぐお盆に帰ってくるのに、大げさだよ」

「そういやさ、ライトセブンズって、昨日は最初が三人で、最後は五人になってたけど、セブンっていうくらいだから七人じゃないの?」

「お姉、番組見てないの?」

「特撮は興味ないし」

「今は五人だけど、もうすぐ七人に増えるよ。いわゆる追加戦士、テコ入れ、おもちゃの販促。昨日のショーのことは夢がなくなるからこれ以上は一切話せません」

 悪役の二人がステージからいなくなった後に、遅れて到着したという体裁で残りのヒーローの二人が現れたので、おそらく二役を演じたということだろう。しかも演者さんは緊急の代役だったはず。本当に、お疲れ様です。

 バス停に着き、日陰で待つ。那覇の方面へ向かう車が私達の前をいくつも通り過ぎていった。

「足、昨日のでまた怪我が増えたんじゃないの?」

「今回はたぶん大丈夫」

「帰ってから、何かおかしいと思ったら病院に行って、今回起きたことは隠さず全部話すこと。あと――薬は用法用量を守って、正しくお使いくださいねっ!」
 と、CMのようなことを言ってやった。

「薬剤師みたい」

「薬剤師だっつーの」
 そう口にすると、改めて仕事の責任の重みを感じる。

「薫こそ、昨日は本物の役者みたいだった」

「役者ですから。い・ち・お・う!」

 ――やられた。
 私達は顔を見合わせて、笑った。

「あ、来た。百一番のバス」

 わずかに人が乗ったバスがエンジンをうならせ、私達の傍でゆっくりと停まった。

「それじゃあ……お世話になりましたっ!」

 薫は去り行くバスの中から、ずっと手を振り続けた。

 道の果てへバスが消えるまで、私も手を振り返した。

 ――大学を卒業するまでの、あと四年。それが薫に与えられた猶予だ。
 芸能一家の家庭ならいざ知らず、うちはそんなものとは一切無縁の家系だ。父と母は決して無条件に薫を支援しているわけではない。
 将来夢破れることがあっても社会で生きていけるように、大学は必ず卒業すること、その間までに役者として仕事がとれるようにならなかったら自分には才能がなかったと潔くあきらめること――薫が高校に上がるタイミングでこの条件を承諾させた。薫がそう約束をしたからそれまでは応援しようと、新体操のレッスンや、演劇の私塾に通い続けることを許したのだ。

 私はずっと、薫には役者のことなど何一つこなすことはできないと思っていた。ヒーローになるなんて、夢物語で終わるだろうと考えていた。けれども、その第一歩をこの目で見届けることができた。だから私もその日が来るまでは、薫が進む道を信じてみよう――そう思った。

 誰に聞こえることもなく呟く。

「ピグマリオン様、どうか薫が本物のヒーローになれますように……」

「なーにがピグマリオン様だ」

 唯一、聞こえるとすれば、頭の中の『友達』――桂皮が私の傍に現れ、腕を組んで悪態をついた。

「願掛けするならピグマリオンじゃなくて、像のほうでしょうが。ボケナス」

「そうだったね」

「あー暑い。早く帰ろ。これから仕事なのに何やってんだか」

 桂皮は家へと踵を返すが、ふと振り返り、

「ああ、そうそう、あんたはどうなの?」

「何が?」

「あんたの夢って何なの? 面接とかで言うお行儀のいいのはいらないからさ、本音を教えてよ」

 私の? 私の夢は薬剤師になって、患者さんの役に立って……ならば、少しは叶ったと言えるかもしれない。

 でも、私の夢は……本当にそれなのだろうか?

――ヒーローの南・了――

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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