#6薬剤師の南 第1話-5 薬剤師・南依吹(小説)
「でも私は、今回はまだ様子見をしてもいいと思うんだ」
「え? どうしてですか?」
「依吹さん、こっちに引っ越してきてから温度計は買った?」
「いえ、まだ……」
「じゃあ、湿度計が付いてるものを買いなよ。私も依吹さんと大学は同じだから東京に住んでたけど、東京基準で見るとびっくりするよー。冷房を付けてなければ、部屋の湿度が東京よりもすごーく高いから」
「そうか、湿度が高いから、分包紙のちょっとした穴でも少しの期間ですぐに湿る……」
「そう。だから薬が湿ったのは最近のことかもしれない。他に判断できるポイントとしては、分包紙に水気が溜まった状態のものを私らが確認できたのは今回が初めてということ。それぐらいは、池上さんと話す前に薬歴を遡って読み返したね?」
「はい」
薬歴の記載によれば、前回池上さんの投薬をしたのは當真さん。だから今回のような出来事は初めて、ということを把握しているのだ。
「だから、一大事だと騒ぐにはまだ早すぎると私は思うよ。あとは薬を薬局で捨てますか、と訊いたら『もったいない』とも言っていたね。この言葉は何らかの疾患、あ、疾患の他にも薬剤性ってこともあるねー。そういうことが原因で判断力が落ちたせいなのか、それとも本人の性格か、というところも目の付け所になるかもしれないけど、それはもっと長期間で様子を見て話を聞いて考えないと、今はまだ何とも言えないかな。ま、次に来た時の対応はけっこう重要になると思うよ。だからちゃんと今日のことは、後々他の薬剤師が投薬をしても同じことがわかるように、ちゃんと薬歴に書いておくように」
「すごいっすね當真さん」
別の声が飛んできた。隣の席でさっきから私達のやりとりを聞いていた事務の新垣瑠花子さんだ。
「いつもそんなこと考えて仕事してるんですか?」
「あれ、知らなかった?」
「當真さんが新人の薬剤師さんを育ててるとこなんて初めて見ましたから」
「他所ではやってたことがあるんだけどねー。わかりづらいかもしれないけど、すごーく頭を使う仕事なんだよー」
「ウチ難しいの苦手なんで、そういうの無理ですね。そういうわけで、期待してますよ、人生の先輩」
「や、止めてー。そういうの」
私の方へ向き直った新垣さんに、思考疲れもあった私はか弱く応えた。
新垣さんは専門学校で医療事務のコースを卒業した入社二年目の二十一歳で、この薬局の最年少の社員だ。私と歳が三つしか差はないのだが、彼女と同じ職場にいると自分がずいぶん老けてしまったような気がして、ちょっとだけ凹むのだった。
當真さんは私達二人の様子を見て軽く微笑み、
「いやー、でも今の時期にここまで考えられれば上出来だよ。ですよね、社長」
「え、社長!?」
私は驚き當真さんが声をかけた薬品棚の方を見る。その奥の影から、この薬局の謝花宗徳社長が後頭部を掻きながら、バツが悪そうに姿を現した。
※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。
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