#61薬剤師の南 第9話-11(終) 隠れ家(小説)
慌ただしい一日も終わろうとしていたころ、社長から、
「悪いけど二階のロッカーの中にある古い書類の整理をお願いできるかな? 事務さんにやってもらいたいんだけど今他の仕事をやってもらわなきゃいけなくなってさ」
と仕事を頼まれ、私はそのロッカーの前にいる。
「はあ……疲れた……ねえ釣藤鈎、疲れに使う漢方っていくつかあったよね?」
私の頭の中にいる釣藤鈎に話しかける。
「――働いて疲れただけなら漢方に頼らないで、早く目の前の仕事を終わらせて、帰って、寝る。それが一番です」
釣藤鈎が呆れて言った。
ロッカーを開けると、紙の束が扉を押しのけるようになだれてきた。どうやら全て銘里市薬剤師会の古い会報のようだ。閉じ紐がほどけて冊子が床に散乱してしまった。
「あーあ、めんどくさいなぁ」
「イライラしないで片付けましょう」
「はいはい。古いものは分けるようにって言われたけど……」
どれも十五年くらい前のもので、今までほとんど整理されていなかったことがうかがえる。拾った会報の日付を確認しながら一冊ずつ机に積み上げていった。
「次の日付は……」
と作業を進め、次の一冊を拾おうとしたとき、手がぴたりと止まる――止めざるを得なかった。
会報の最後尾のページの下半分には『薬剤師の職場にお邪魔します!』というコーナーがあった。そこに載せられていた隣の市の病院の薬剤部、その集合写真――
そこに――あの人が、いた。
遠い記憶の中に眠っていた『あの人』と寸分も違わない姿だった――鼻歌を歌いながら凝った編み込みを作ってくれたこと、薬になる植物をいくつも教えてくれたこと、地図を一緒にのぞいて「沖縄は遠いね」と顔を見合わせて話したこと――凪いだ海から打ち寄せる波のように、いくつもの思い出が優しくよみがえる。
「――よかった。ちゃんと……居たんだ……」
写真をゆっくりと撫でると、涙が一つ、二つと、こらえきれずに零れた。
私の思い出にずっと生き続けていた『あの人』――父も母もそんな人はいないと話していた。だから、もしかすると本当はいなかったのかもしれない、あれはだだの私の夢の中にいた人だった――大人になるにつれ、いつの間にかそんなふうに思うようになっていた。
でも『あの人』はいた。あの時確かに、小さな私の傍に居てくれたのだ。
「夢なんかじゃ、なかった……」
――第一部 完――
※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。
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お読みいただきありがとうございました。
『薬剤師の南』第一部はこれにて完結です。
第二部もよろしくお願いします。
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