#33薬剤師の南 第6話-7 青い宇宙 Ⅰ(小説)

 帰りの車内で、

「よりによって依吹さんを連れていった日にあんな話が出てくるとはねぇ……非常にタイミングが悪かった」
 當真さんが自身の額を押さえる。

「すいません。私、美海ちゃんを怒らせてしまって……」

「うまいこと対応できなかったのか? って反省するのも大事だけど、今回はこっちではどうにもできなかったと思う。私だって知らなかったんだから。だから必要以上に考えすぎないこと」

 そう言ってもらえたことで、少し気が楽になる。

 だがその一方で、脳裏にこびり付いて振り払えないものがある。美海ちゃんのスマホを拾ったときに見えてしまったツイッターの画面だ。

 あれは美海ちゃん本人のアカウントだろう。なぜならばそのアカウント名は、

『美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海美海』

 と、ひたすら自分の名前を並べただけ。

 さらにはアイコンとヘッダーの画像は、どちらも『灰色』――完全なる一面の灰色だけがアカウントをべったりと染め上げていた。中二の女子がこんなものを作って全世界に発信している。これを異様と呼ばなければ、何だというのか。
 彼女の底が知れない思考の側面を覗いてしまった。あの時私はそう感じ、同時に怯えていたのだ。思い出すだけで吐き気がこみあげてきそうな感覚になる。

 そして、プロフィールの欄にはたった一言、

『青い宇宙にいます』

 それだけが書いてあった。

 私は深呼吸を何度か繰り返して平静を取り戻し、その一文に考えを巡らせる。

(青い宇宙?)

 何のことだろうか。

 ――ふと思い浮かんだのは、あのリビングからの海だった。

 波が立ったり、船が通ったり、曇ったり雨が降ったりすることはあるけども、何日も、何日も、目の前の光景はずっと変わり映えがない。それを部屋の中から何年も眺め、退屈に退屈がどんどん降り積もっていくような毎日。あまりに広い海を前に、行き場もなく、ぽつんと一人で過ごすしかない日々。

(……それが、宇宙?)

――青い宇宙・Ⅰ 了――

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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