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#56薬剤師の南 第9話-6 隠れ家(小説)

 落ち着いて――今やるべきことを冷静に考えてみよう。

 まずはシロアリの防除剤には、本当にヒ素が入っているか――この事実の確認が第一だ。もし當真さんの推測どおりに入っていないのであれば、シロアリ防除剤に汎用される成分の絞り込み、そしてそれを体内に取り込んでしまったときの対処法の調査――これが、第二に行うべきことだ。ここまでやって行き詰まれば當真さん伝授の奥の手――呉屋さんや社長に頼んで疑義を通してもらうのもやむを得ないだろう。

 早速私は薬局の受付の近くに置いてあるパソコンでシロアリ防除剤とヒ素の関係を検索エンジンに打ち込んで調べる。

 私の世代のITツールと言えばパソコンよりもスマホが圧倒的に優位だ。大学生のころも同級生がネットでレポートや卒論などの課題に必要な調査をするときは、ほとんどの子がスマホを使っていた。

 だが私は同人マンガをずっと描いていたせいでパソコンに触る時間が多かったがゆえに、ウェブブラウザの操作に慣れ切っているだけでなく、キーボードのブラインドタッチも超高速。私に与えられた時間が限られている今、この能力を身に着けておいてよかったと心から感じる。

 検索で表示された数多のホームページを大量のタブで開き、その一つをつぶさに読み進める。

「シロアリの薬にヒ素は……昔は使われてたけれど、ヒ素は微量でも毒性が強いことが問題視され、現在はヒ素を含む入ってる防除剤はほぼ無い、か……」

 當真さんの推測は大当たりだった。
 
 他のホームページも見ると、確かに私の記憶どおり法律としてシロアリ駆除業者に対するヒ素の扱いについての規則は明記されているが、もはや現代にはヒ素を含む防除剤がないというのであれば、実態としてはほぼ形骸化した規制なのだろう。

 ならば次は、どんな成分が防除剤に入っているかという問題だ。パソコンの画面には防除剤として用いられている化学物質の種類が記されている。

「聞いたことがない成分ばっかり……でも……」

 成分の列記の中で唯一私がわかったのは『カルバメート系』という系統の成分。大学でもさんざん勉強した殺虫剤の成分だ。

「って、殺虫剤!?」

 ――しまった。法律の内容ばかりに意識が向いていたせいで、シロアリとくればヒ素を使って駆除するものだという先入観を抱いてしまっていた。シロアリだって虫の一種――ならば殺虫剤が有効なのは当たり前じゃないか。

 カルバメート系の成分による中毒ならば、処置はアトロピンの静注――それゆえ、やはり薬局で対処できるものではない。だが、知念さんが使った防除剤にカルバメート系の物質が入っていたという保証はない。

(――そうだ、ダメ元で知念さんに、何を使ったのかを訊いてみるか)

 防除剤の製品名だけでも判明すれば、病院での処置もスムーズになる上、糸数さんへの強い説得材料になってくれるだろう。

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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