#60薬剤師の南 第9話-10 隠れ家(小説)
「あ、スノーマリン薬局の當真ですが、糸数さんは病棟ですか? 繋いでもらいたいんですが」
「……お待たせしました、糸数です」
「もしもし、當真です――ちょっと聞かせろよ」
「いきなり何だ」
「今日の昼、うちの南があんたにした、シロアリ防除剤の患者さんの疑義のことだよ。そんな薬の吸入の可能性がある時点で再受診をするように、そっちが対応すれば十分だったはずだ。なぜあれ以上の調査をうちの南にやらせた?」
「そんな話か。シロアリならば当然殺虫剤だ。ならば回答としてはせめて有機リン系やカルバメート系の成分が入っているのではないか、ということぐらいはあの場で答えてもらわなければ薬剤師としての資質を疑わざるを得ない。まあ、シロアリについて私も詳しいわけじゃなかったから後で調べたことだが、シロアリに有機リン系のほうは使われないみたいだがな」
「患者さんを無駄に待たせたんだぞ!? 自分だって完璧に知らなかったくせに何を言っている!?」
「そちらの南さんが有機リン系かカルバメート系か――そのように、いち早くそう答えていればよかっただけの話だ」
「――そんなだから『あの子』が!」
「それよりもこのクレーム、呉屋さんや謝花社長の許可は取っているんだろうな? そうじゃなければ完全にお前の職域を超えた暴走――そうとられても仕方がないのでは?」
「……くっ!」
「用件はそれで終わりか? なら、これで電話を切らせてもらうぞ。元同期だからって気軽に電話されては困るんだよ。うちは残業にはうるさいんだ。いちいちそっちの上司にチクったりする時間も惜しい」
電話が切れる。
今回はうまくいった。当然それは依吹さんの実力でもあったのだが、さっきの彼女からの話を聞く限りは、様々な偶然が重なったことで、隠れていた真の原因となり得るものが暴かれた――そのように感じたのだ。
あいつは薬剤部の副部長あたりへの昇進は確実だ。糸数はもちろんこれからも病院に在籍し続けるだろう。
依吹さんが今後も糸数を相手に、うまく立ち回れるとは限らない。
――もう、あんなことを繰り返させてはならない。
※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。
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