#22薬剤師の南 第4話-10 迷子(小説)

 私達は処方薬のシロップ剤を準備し投薬台越しに与儀さん親子と対面した。この薬局の従業員ではない私は恵ちゃんの後ろで服薬指導の経過を見守ることとなった。

「日向君はバナナは食べられますか?」

「ええ、バナナは大丈夫ですけど……それが何か?」

 恵ちゃんが心の中でガッツポーズをとった姿が見えたような気がした。

「バナナは香りが強いので、薬の味を隠してくれる食べ物なんです。バナナをつぶしてシロップと一緒に混ぜたものを飲むと、シロップが飲みやすくなりますよ――バナナは食べられる?」

「うん」

 日向君は力強く頷いた。

「フルーツ牛乳で飲ませるのは駄目なんですか?」

「ジュースをたくさん飲むのが習慣になってしまうかもしれないのがちょっと心配です。日向君がもっと大きくなったときに日常的に飲料を多く飲むようになってしまうと、早い時期に生活習慣病になってしまうかもしれませんし、これから暑い時期が続きますからつい糖分を取りすぎてしまいます。良い健康状態で過ごすためにも、こういったことに注意してもらえればと思います」

「はー、確かに、薬を飲ませなきゃということばっかり考えてて、そういうことまで気が回ってませんでした」

 そう、沖縄は最高気温が三十度前後まで達する日が六月ごろから始まり、それが半年近く続く。それに暑くなれば外に出歩く頻度も減るので、運動の量も減ることは自明だ。だから糖分の過剰摂取に対しては、日本の他の地域の患者よりも慎重に対応しなければならないだろう。

「どうも、本当に色々とお世話になりました」

 薬をお渡しした後にお母さんはすっきりとした笑顔で会釈し、

「バイバイ!」

 日向君は出口のあたりで私達に勢いよく手を振ったので、それに応じて私達は手を振り返した。これなら風邪も何日かすれば治るだろう。

「ふー、ヤバかったけど、どうにかやり切った」

「お母さんも日向君も、いい顔で帰ってもらえたね」

「ああいう顔を見るとさ、仕事やっててよかったって思えるよ」

 私達は顔を見合わせて、少し微笑んだ。

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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