#64薬剤師の南第二部・プロローグ3(終)
「例えばどんな? 人間一人の存在を隠すのに、前向きな理由なんてあるの?」
桂皮が芍薬に言うと、
「『あの人』はきっと依吹ちゃんだけに見える妖精さんだったんですよ」
「……はい?」
「依吹ちゃんだけに見えた妖精さんだったから、誰も覚えていない、というのはどうでしょうか?」
芍薬の発言に一同は絶句する――考えたのは私なんだけどさ。
「じゃあさ、写真に映ってのるは何? どう見て他の人間に認識されてるようだけど? 双子の姉妹? ドッペルゲンガー? クローン人間?」
「妖精さん、ねぇ」
アイデアの主である私は自虐的に笑う。
「面白い――けど、妖精はきっと写真に映ったりしないよ。事情はわからないけど、『あの人』は沖縄に帰って働いてたってことだろうね」
「――そうです! 依吹のご両親にこの写真を見せて問い詰めれば、さすがに言い逃れができないんじゃないんですか?」
と釣藤鈎が言った。
「それはそうなんだけど……訊いてみる勇気がないな。もし桂皮の言うようなことになってたらと思うと……ね」
「じゃあ、打つ手なし、になってしまうのです」
麦門冬が言う。
「なんだ。せっかく正体を暴くチャンスなのに。それじゃあ結局あんたはどうしたいのよ
?」
「私は――」
優しい思い出の中に生きていた『あの人』。妖精なんて考えが出たのは『あの人』の存在を少しだけ疑っていたからだろう。そんな幻想のものとして考えてしまえば、私だけが覚えているということに一応の理屈はつけられる。
だけれども、今ここに『あの人』の写真がある。ならば、
「――会いたい。まだ沖縄にいるなら、探す」
と私は皆に告げた。
「探すって、探偵でも雇うっての? 高くつくんじゃない? ああいうのって」
「そうじゃないんだ、桂皮。沖縄でこの仕事をしてれば、そのうち会えるかもしれない。また会えるなら、そんな形で会いたいんだ」
「沖縄に居るとは限らないし、何年かかるかわからないじゃない。はー、信じられないほどのバカねあんた」
「そうだね、私はバカだ。それでいいよ」
「せめて、何か他に手がかりないわけ? もっと死ぬ気で思い出しなさいよ」
「ううーん……あ! そういえば……」
――たった一つだけだが、思い出した。
「沖縄なのに……ナントカ、って話をしてた、ような気が……」
「何それ、それだけ?」
「……うん、それしか思い出せない」
「ふん。そんなのが役に立つと思ってるワケ? 何もかもがフワッフワじゃない? 後で後悔するんじゃないわよ」
桂皮の一言を最後に四人が消える。私が自分の内なる会議を終わらせたのだ。
もう時刻は日付を跨いでいた。電気を消してベッドに入り、天上を仰ぐ。
何分かも経たないうちに隣の部屋から鳴き声が聞こえる――赤ちゃんの夜泣きだった。
(そういえば昼間、隣の部屋に引っ越しがあったっけ……)
日中に業者が慌ただしく家具を運び入れていた様子を思い出すが、どんな人が越してきたのかは見ることができなかった。
(子供のいる家族が入ってきたのか……そういえば『あの人』って、薫がすごく小さなころに居た……だったら若くても、もう四十代くらいか。もう子供が何人かいてもおかしくないよね……)
あれこれと考えている間に、私は眠りについた。
小説『薬剤師の南』など、執筆物が気に入っていただければ、ぜひともサポートをお願い致します。