#53薬剤師の南 第9話-3 隠れ家(小説)
「最近有名になってるビタミンAですか?」
「たぶんそうっすね」
「レバーのことは、病院の診察では話をしましたか?」
「……してないです。関係ないことだと思ったので」
少し考えてから知念さんが言う。
「受付の後に看護師の人に話を訊かれて、あと紙も渡されたんで書いたんですけど、食べ物のことは何も書かなかったですね。『健康食品やサプリメント』を書くところはあったんですけど、レバーはそういうのじゃないですよね?」
紙とは、医師の診察の前に症状や併用薬を書く問診票のことだ。その内容や看護師が事前に聞き取った話をもとに、患者が受診する診療科を振り分けている。
レバーは健康食品やサプリメントではないというのは確かなのだが……
「ビタミンAだけではないですが、どんな成分も摂りすぎというのは良くありません――」
と、紋切型の言葉ではあるが摂りすぎを戒めると「はあ」と知念さんが返事をした。
「他に最近調子が悪いと感じるようなことはないですか?」
「そういえば、少し頭が痛いような……そんな気がします」
「その頭痛のことも、病院で話はしてないですか?」
「してないですね」
――ビタミンAの過剰症の頭痛が出ているのかもしれない。
何も伝えていないとなると、このまま薬を渡して帰すのは良い対応ではないだろう。病院にレバーと頭痛について連絡する必要がある。そうすれば診療科を変えて再度診察を行うことも有り得る。
だが、引っかかる。
(手のしびれは、ビタミンAと関係はないように思えるけど……)
ビタミンAの過剰症で、手のしびれのような末梢神経の障害は通常起こりにくいはずだ。両者に因果関係はなく、やはりバットの振りすぎが手のしびれの原因だったということも考えられる。
(あれ? 一週間前に野球のチームに入ったばかりって話だったよね?)
ならば練習をしたのはたった一日か、多くても二日程度と見るのが自然だろう。
――それだけの練習で両手がしびれるほどの素振りをしたのだろうか?
違和感は残るが、ビタミンAに関することについては病院への連絡は必要だ。それゆえ、さらに待ってもらわなければならなくなったことを知念さんに説明する。
「はあ、時間かかりますねぇ」
私が謝罪し、電話をかけに席を立とうとすると、川満さんが知念さんに声をかけた。
「ごめんねー、和也君。ところで和也君、彼女さんの話してたけど、どうなの最近は?」
「彼女とはもう婚約までいってます。先週は野球の練習が終わってから――」
さっきまで知念さんしかいなかった待合室に、患者が続々と入ってくる。その上電話も鳴り響いた。新垣さんがそれを取る。
「當真さん、在宅の照屋さんが嘔吐したそうで、薬を届けてほしいって電話です!」
「マジか……処方箋のファックス来たらすぐに行かなきゃね」
にわかに薬局が慌ただしくなる中――知念さんの次の言葉が私の耳に鋭く刺さった。
「お義父さんの家のシロアリの防除を手伝っていました。あいつら、あちこちに隠れてるんで大変で……」
――え? シロアリ?
「すいません知念さん、その話詳しく聞かせてもらえませんか!?」
※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。
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