#31薬剤師の南 第6話-5 青い宇宙 Ⅰ(小説)
ふと、私達の背後のドアが開く。
「ああ、當真さん、ご苦労様です。外に車があったからいらしていると思ってました。あれ、そちらの人は……」
美海ちゃんの母親が帰ってきた。
私達の仕事では患者やその家族に対しての第一印象は極力薄めつつも、必要とあればそれを加味した柔軟な対応することが重要だ。一面的な思い込みにとらわれたまま対応をすれば、患者本人が抱える重大な困りごとをコミュニケーションの中からうまく引き出せないこともあるからだ。
だが、このお母さんはそういった原則が頭から瞬時に吹き飛んでしまうほど、疲れの色が濃い――そういう風に見えた。
私の自己紹介を済ませ「あまり時間がないから」と當真さんが美海ちゃんに今日は話を聞けないことを謝る。美海ちゃんはかなり不満げだったが一応聞き入れてくれた。
続いて當真さんは私に机の一角を示し、
「薬と、後は精製水を全部出して、机のあそこに置いといて」
美海ちゃん本人へ最近の体調などの聞き取りが當真さん、持ってきた薬の準備が私という分担となった。
私は持参した荷物から錠剤が入った厚い薬袋(薬を入れる紙袋)を出す。中身のほとんどは鎮痛剤のアセトアミノフェンの錠剤だ。薬袋の外に書かれた服用量を見る限りは、かなりの高容量を服用しているという印象を受けた。
次に精製水を十本。薬局からこれを持ち出した時は何に使うのかと思っていたが、
「酸素のほうはどう? 吸うのが乾いたりしてない?」
と當真さんが美海ちゃんに確認していたので、吸入する酸素に湿気を加えるためなのだろうと推測した。
(精製水の使い道、帰りに當真さんにもちゃんと確認して、後で自分でも勉強しないとな……)
薬と精製水を机へ運ぶと、リビングの窓の外で雲の合間から陽が差し、にわかに明るくなる。
部屋の中から、広大な海が見えた。このアパートが坂の上に建っていることもあるのだろうか、水面が煌めく様子が遥か遠くまで見通すことができた。
「これから毎回来るんですか?」
机に物を並べていると、美海ちゃんが私に声をかけてきた。
「多分そうなると思う」
「じゃあ、よろしくお願いします、『南さん』」
(ハッ……南さん、か。随分、心の距離を取られちゃったな……)
※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。
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