#66薬剤師の南 早雪 前編 2
「失礼します」
夕刻、私は薬局の二階にある社長室のドアの付近をノックした。社長室のドアは従業員の個別の面談や来客がない限りは常に開けっ放しになっている。社長だからといって社員との間に壁を作らないように、という社長のポリシーのため、このようにしているという話を以前に聞いた。
社長は自身の机のパソコンで何かの資料を作っている最中のようだった。
「ああ、お疲れ様南さん。下の忙しさはどうだい?」
「今はちょうど患者さんが途切れたので、資材を補充しに来ました」
「いつもありがとうね、南さん」
二階建ての建屋の薬局といえども個々の部屋は決して広いとは言い難い。それゆえ社長の机の正面のスペースは軟膏つぼ(軟膏を入れる円柱状の容器)や、投薬瓶(液剤を入れる容器)などを保管する物置として使われている。
私は下の調剤室でそろそろストックが無くなりそうなサイズの軟膏つぼと投薬瓶を探して箱から出す作業を始めた。
すると間もなくして、廊下のほうから誰かの足音がした。
その異様に早い足音の主はそのまま躊躇もなく社長室へ入ってきた。
私は手を止めて振り向いた。
それは、シロ――城間千秋だった。
シロは社長の机に片手を強く叩きつけた。怒り、あるいは悪意――そんな感情がこもった、ひりついた音が響いた。
「――ママがまた入院した」
「そうか、それで?」
……ママ? どうしてそんな話を社長に?
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