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第16回 INSEADでの学び どのようにAccounting / Financeを教えているのか(その2)?

Accounting & Financeについての2回目の投稿になります。10月、11月と忙しく、少し空いてしまいました。今回はROIC、NOPATについて投稿します。アカウンティング・ファイナンスがお好きでない方にはあまり面白くない投稿かもしれません。しかしながらお付き合いください。この講義は、必須科目です。経理財務を専門とする方向けの講義ではありませんので。



ROAを進化させたROE

調べたところ歴史的には、財務指標として、まずはROA(総資産利益率)が誕生します。ROAは企業が保有する資産をどれだけ効率的に活用して利益を生み出しているかを測る基本的な指標です。これは、企業全体の運用効率を見るためのシンプルで直感的な方法です。今でも不動産投資などにおける、利回りの計算に用いられる概念です。

その後、資本市場の発展とともに株主価値が重視されるようになり、自己資本の効率性を測る指標としてROE(自己資本利益率)が注目され始めました。株主にとって重要なのは、自分たちが提供した資本に対してどれだけのリターンが得られるかであり、ROEはこの視点を反映した指標です。

1920年代(結構誕生年が古くて驚く)にはデュポン分析が登場し、ROEを収益性(Net Profit Margin)、効率性(Asset Turnover)、レバレッジ(Equity Multiplier)の3要素に分解することで、ROAとの関係性やROEを向上させる具体的な戦略が明確になりました。これにより、ROAとROEは補完的な指標として位置づけられ、企業の全体的なパフォーマンスと株主価値の両面を評価する財務分析が可能になったのです。

レバレッジを適切に活用することは、資本効率を高め、ROEを向上させる上で有効な手段です。特に低金利環境では、負債を活用することで企業は成長のための資金を効率的に調達でき、株主価値を向上させる可能性があります。

また、日本企業においては、ROE分析を通じて低配当や過剰な内部留保が批判されたことがありました。多くの日本企業は慎重な財務戦略をとり、低いレバレッジで安定性を重視していますが、この結果、ROEが低水準にとどまり、株主へのリターンが限られるという課題も指摘されていたのです。適正なレバレッジを活用することは、株主価値を向上させるだけでなく、資本コストを意識した経営改革を促す鍵となるため、リスクとリターンのバランスを考慮した戦略が求められます。

一方で、過度なレバレッジは財務リスクを増大させ、利払い負担やキャッシュフローの不安定化を招く危険があります。2008年のリーマンショックでは、多くの金融機関が過剰なレバレッジを活用して一時的に高いROEを達成しましたが、資産価値の下落により多額の損失を抱え破綻や救済措置が必要となりました。この事例は、適切なレバレッジ水準を見極める重要性を強調しています。投資の世界で言われる、レバレッジは諸刃の剣ということです。

ROEをさらに進化させたのがROICであり、その前提となる利益指標がNOPAT

上記の問題点を解決する新しい経営指標として誕生したのがROICと言って良いでしょう。最近この指標を目にすることも増えてきました。そしてROICを計算する際の利益指標がNOPATです。20年前にMBAを取得したときにROICなる言葉は習った記憶はありません。

ROICはレバレッジ効果を取り除き、本業での稼ぐ力をよりはっきりと把握するための経営指標であり、企業がどれだけ効率的に株主や債権者からの資金を運用して本業での儲けを出しているのかを知りたいのです。鉄道会社のような歴史のある事業会社などでは、非常に多くの事業領域を有しており、一体何が本業なのかも分かりにくくなってきています。レバレッジを活用した利益の拡大や、保有する有価証券からの配当収入といった要素を除外し、本業そのもののパフォーマンスに焦点を当てるのが特徴です。つまり、株主の視点に立てば、株主からすれば、経営の安定化を理由に事業ポートフォリオを広げる必要はありません。なぜなら、ポートフォリオ分散は株主自身が他の銘柄を購入することで簡単に実現できるからです。昨今、政策保有株の保有に対して株主から保有する意味合いを問われている理由がここからもわかると思います。保有する政策保有株の事業とシナジーはあるのか?シナジーがない場合は十分な配当を得られているのか?。どちらもないのであれば売却すべきであるという何とも反論が難しい合理的な主張です。

ROICとNOPAT

ROIC(Return on Invested Capital)は、投資資本に対するリターンを測る指標であり、NOPAT(Net Operating Profit After Tax)は、税引後営業利益を意味します。NOPATをより端的に言えば、本業で稼いだ利益から税金を控除したものです。税額分を控除する理由ですが、利益に対しては課税されるので、利益の全額が手元に残るわけではありません、株主が手にすることができる利益は、税引き後の利益だからです。NOPATは以下の計算式で求められるのですが、NOPATというのは厳密な定義はないようで、2つの計算法があります。

計算方法1:NOPAT=EBIT×(1−実効税率):要するに本業で稼いだ利益から税金部分を除いたもの。

計算方法2:NOPAT=当期純利益+営業外費用−営業外収益:要するに、当期純利益に、営業外収益の影響を取り除くことで、本業で稼いだ利益を把握している。

教授は計算方法2を用いて説明していました。2つの方法が許されているということは、それくらいの数値の幅は許容されているものだとも言えるでしょうし、比較する際の計算方法が整っていれば許容されるということだと思います。

次に、Invested Capital、投下資本ということになります。Invested Capitalは、企業が本業(営業活動)を遂行するために投資した資本を表します。この概念は、以下のような計算式で定義できます。

Inveted Capital(投下資本)の計算方法は2つあります。いずれの計算式でも一致しましす。バランスシートの面白いところです。上記の例で言うと480がInvested Capital(投下資本)になります。

(計算方法1)Invested Capital = Operating Assets - Operating Liabilities

Inveted Capital = 流動資産(350)+固定資産(250)ー流動負債(120)=480

または

(計算方法2)Invested Capital = Financial Liabilities - Financial Assets + Equity

Inveted Capital =短期借入金(100)+長期借入金(180)ー現金(100)+純資産(300)=480

そして、ROICは上記の数式で示されますので、Inveted Capitalを減らせば数値は改善します。つまり、事業に供する資産を減らす、買掛金などを増やす(現実的にできるのかは不明ですが)、借金を減らす、手持ちの現金を増やす、自己資本を減らす(配当などをしっかり行う)ことなどが方策として考えられます。

やっと、ROEでは、錬金術的に用いられたレバレッジの手法から抜け出し、本業における投資効率性を評価できるようになりました。

まとめてみると、ROICで目指している世界というのは、大きなPL(売上)、小さなBSということであり、これについては早稲田大学ビジネススクールの西山先生は20年前からも強調されていたポイントです(西山先生については前回投稿をご参照ください。)

Impairment(減損)にも注目

減損についてもしっかりと説明されていました。減損というのはアカウンティング、ファイナンスに馴染みのない人はあまりご存知ないかも知れません。私も自分のこれまでのキャリアでは自分の関わるビジネスから減損処理をしたことはないです。

減損処理とは、企業が保有する資産が将来のキャッシュフロー創出能力を十分に持たないと判断された場合に、その資産の帳簿価額を減少させるための会計処理です。具体的には、ある設備を用いて部品を製造し収益を上げる計画を立てていたものの、競争環境の激化などにより、その部品の販売が見込めなくなった場合が該当します。このような場合、通常の減価償却期間に基づいて費用を計上するのではなく、その資産の価値を一気に見直し、特別損失として費用化します。

さらに、VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の時代において、M&A(合併・買収)後に計上される「のれん代」や、大規模なITソフトウェア投資の減損も増加しています。例えば、M&Aによって取得した企業の期待されたシナジー効果が実現せず、のれん代の価値が下がった場合、その減損処理を行う必要があります。また、ITソフトウェアの急速な進化や技術トレンドの変化によって、導入したシステムが早期に陳腐化したり、十分な価値を提供できない場合にも減損が発生します。このように、不透明性が高まる中で資産価値の見直しが頻発する傾向が見られます。

減損処理がよく取り沙汰されるのはソフトバンクです。特に、スタートアップ企業への巨額投資を行う「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」での損失が注目されました。その中でも、不動産関連スタートアップ「WeWork」への投資が失敗に終わり、評価額の引き下げを余儀なくされました。

減損処理は、企業の過去の投資判断の誤りを示唆することがあるため、市場から厳しい評価を受ける可能性があります。特に巨額の減損処理が続く場合、経営陣の能力や企業の将来性に対する懸念が高まることがあります。しかしながら、減損処理がタイムリーに行われない場合、財務情報が実態とかけ離れ、株主や投資家を誤解させるリスクがあります。そのため、減損処理は適切な時期に行う必要があります。
また減損処理が発生しないような会社は素晴らしいのかも知れませんが、不確実性の高い時代において積極的な投資を行なっていない、従来の延長線上でビジネスを行っていることの表れなのかも知れません。

現在のアカウンティング、ファイナンスの到達点

INSEADで必須科目であるアカウンティングとファイナンスの単位を無事に習得しました。この分野の進化を振り返ると、ROEからさらに進化し、ROICといった新たな経営指標が登場するまでに至りましたが、20年前に私がMBAで学んだ重要なポイントは現在でもその価値を保っています。一方で、近年注目を集めるSDGs(持続可能な開発目標)の観点を財務諸表にどのように反映させるかという議論については、現在も続いており、十分な理論化にはまだ至っていません。そもそも会計制度は、金融市場や資本主義の発展とともに経済効率を重視して進化してきた一方で、SDGsは持続可能性や社会的価値を重視する理念を持つため、両者の間には調整がまだ必要なのだと思います。

財務情報はあくまで特定の時点を切り取ったスナップショットであり、過去(アウトプット)を示すものです。これに対し、将来を予測するための情報としては、非財務情報、たとえば社内から経営層への内部昇格率や離職率、エンゲージメントといった指標(インプット)が重要になってくると考えます。また、SDGsへの取り組みが具体的な数値として可視化されつつあり、取り組みが足りない企業については財務諸表に反映させる動きが、環境対応が進んでいる欧州から始まると予測されます。またしばらくしたタイミングで学び直そうと思います。




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