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四段昇段の一局 自戦記 中座 真四段「目に見えないもの」


本稿の主人公、中座 真。彼の昇段劇は今でも語り継がれている

平成8年3月7日、私は四段に昇段した。最終戦。私が負け、三人の競争相手が負け、最後は順位の差で私に昇段が転がり込んだ。私の昇段の棋譜は、負けた棋譜ということになる。その棋譜は、自分が将棋を諦めた一局でもあった。今回改めてその棋譜を並べ直してみる。私は一瞬にして当時にタイムスリップしてしまった。盤の中から、その時の自分の鼓動、息使いが聞こえてくる。胸が苦しくなった。

第18回三段リーグ

中座が四段昇段した第18回三段リーグの結果表

奨励会には年齢制限がある。26歳の誕生日までに四段になれなければ、奨励会を辞めなくてはならない(勝ち越せば次の期を指せる規定はあった)。

第18回三段リーグ。私は25歳になり、最後のリーグを迎えていた。三段になったのは20歳の時、それから5年の間には、何度かチャンスはあったのだが、あと一歩の所で届かなかった。リーグ6期目(3年)を過ぎた辺りから、希望はどんどん萎んでいき、諦めの気持ちが大きくなっていた。将来の不安はいつも持っていた。これまで将棋以外の事は何もして来ていない。将棋を辞めたら、自分は一体どうなってしまうのだろうかと。

不安を捨てたのは25歳の時、退会があと1年に迫った時だった。奨励会での経験は、たとえ将棋を辞めても、将来自分にとって必ず生きるはず。もう駄目になった後の事を考えるのはよそう。あと1年、最後まで頑張って見よう、と。その時から、将来の事は考えなくなった。年齢制限は恐怖ではあったが、ある意味私に開き直りのきっかけを与えてくれた。

最後のリーグで、考えた事は2つ。まずは悔いの残らない将棋を指す事。最後は思い切りよく指そうと思った。もう1つは、相手の持ち時間を自分の時間にするという事。

三段リーグは、持ち時間が1時間半と短い。当時私は時間が無くなり逆転負けをする事が多かった。相手の持ち時間を自分の持ち時間と思って指せば、計算上、時間は倍に増える。相手が考えている間、ずっと緊張感を保っているのは結構しんどかったが、この作戦は成功した。

出だしは6勝2敗で、まずまずのスタートが切れた。しかし、そこから連敗し7勝5敗に。一旦気持ちが切れかけたが、なんとか踏ん張る。そこから4連勝し、再び昇級の目が出てくる。残り2局を残し、私は4番目に浮上していた。

(1) 堀口12-4 (2)野月12-4
(3) 藤内12-4 (4)中座11-5
(5) 今泉11-5 (6)木村10-6

昇段の可能性があるのは6名。この中の上位2名が昇段できる。4敗者が3名もいるため、たとえ自分が連勝しても、上がれる確率は低かった。一定の成績を取れば昇級できる二段までの規定とは違い、リーグ戦は他人の成績が自分に大きく影響してくる。自分がどんなに頑張ろうとも、人の成績を変えることは出来ない。

だが、とにかく自分が連勝しなければなんの意味もない話だ。

「2連勝すれば必ず上がれる」

そう信じることにした。対局日まで、他の事は一切考えなかった。

昇段の裏には、様々な葛藤や決意があった


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最終日

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