「観る将」が観た第80期順位戦B級1組 藤井竜王9回戦
12月2日に順位戦B級1組9回戦、藤井聡太竜王(王位・叡王・棋聖)と近藤誠也七段との対局が行われました。藤井竜王はここまで7勝1敗で2番手につけており、着実に白星を積み上げたいところです。およそ1年ぶりにJT杯決勝と王将リーグ最終局に連敗し連戦の疲れが心配されましたが、久し振りに対局間隔が空き祝賀会などでリフレッシュした藤井竜王がどのような将棋を魅せるのか注目されました。近藤七段はここまで2勝5敗と苦しんでおり、残留を争う状況になっています。藤井竜王に土を付けて勢いに乗りたいところだと思います。
両者の対戦成績は藤井竜王の5勝1敗となっており、11月に行われた王将リーグでも藤井竜王が相掛かりの将棋を制しています。近藤七段が勝ったのは2018年度順位戦C級1組での対局で、藤井七段(当時)としては頭ハネで昇級を逃す痛恨の一局となりました。藤井竜王は順位戦ではこれまで46勝2敗と驚異的な成績ですが、近藤七段もデビュー以来5年目でB級1組に駆け上がっており、順位戦を得意とする両者の濃密な戦いが期待されました。
先手の近藤七段が角換わりに誘導し、藤井竜王はいつも通り受けて立ちます。近藤七段が9筋の位を取り、相腰掛け銀の将棋となりました。近藤七段が解説の金井六段が少し古い形という▲5八金型にすると、藤井竜王も△5二金型に構えます。藤井竜王が△2二玉と入城したところで、近藤七段が39手目を考慮中に昼休となりました。形勢は全くの互角、各6時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が5時間24分、近藤七段が4時間58分となっています。
近藤七段は昼休を挟む87分の大長考の末▲6八金右と陣形を固めると、藤井竜王も42分の長考で△4二金右と固めます。藤井竜王が△1二香と上がって穴熊を目指すと、近藤七段は▲3七桂と攻撃態勢を整えます。藤井竜王が58分の長考で穴熊を諦め△6五歩と仕掛けると、近藤七段は自信あり気な手つきで▲6四角と桂取りに打ちます。AIの評価値は近藤七段の60%と少し傾いてきました。藤井竜王は劣勢を感じてか、更に74分の長考で△8三飛と桂を守ります。近藤七段が次の47手目を考慮中、夕休となりました。残り時間も長考を重ねた藤井竜王が2時間18分、近藤七段が2時間49分と逆転しています。
夕休が明けるとすぐに近藤七段が▲4五歩と仕掛けると、藤井竜王は△9四歩と端から反発します。ABEMAでは森内九段が「相手の意表を突く良い手」と解説しています。近藤七段が2筋の歩を突き捨ててから▲9四歩と取り込むと、藤井竜王は△9六歩と垂らして香を吊り上げ、7筋の歩を伸ばして銀を上ずらせてから△2七歩と飛頭を叩きます。この歩を取ると飛銀両取りに角を打ち込まれるので、近藤七段は飛車を1筋に避けます。藤井竜王は苦しいながらも何とか先手陣に嫌味を付け、混戦に持ち込もうとしています。
9筋で香交換となった後、近藤七段が後手玉を睨む▲2六香を打つと、藤井竜王はまたしても長考に沈みます。飛車の下に香を打つと先手の銀をタダ取りできる筋がありますが、自玉の危険度との兼ね合いで形勢は好転しないようです。藤井竜王は56分の長考の末、意を決して飛車の下に△9一香と打ち、残り時間は26分となりました。AIの評価値は近藤七段の70%と傾いてきました。森内九段は「夕方より評価値は悪くなっているが、相手が一手も間違えられない局面に持ってきた藤井竜王は流石」と解説しています。
藤井竜王が△9六歩と打つと、AIはこの歩を取って銀を取らせる順を推奨していますが、近藤七段は人間的には指し辛いその順を避け▲7四歩と桂取りに打ちます。藤井竜王が△9七歩成と王手すると、近藤七段は▲9七同角と取ります。藤井竜王が△7五歩と銀取りに打つと、近藤七段は▲7三歩成と桂を取ります。藤井竜王が取れる銀を取らずに△7三同角と"と金"を取った手が気づきにくい好手だったようで、この角が先手の攻撃を支えている3七の桂に当たっています。昼過ぎから苦しい長考を重ねてきた藤井竜王が、23時を過ぎてようやく巡ってきたチャンスを逃さず、ついにAIの評価値も藤井竜王の60%と逆転模様です。
近藤七段は▲2三歩成から後手玉に攻め掛かります。後手陣を薄くした近藤七段は、銀を取らせる代わりに▲7四銀と飛角両取りに打ちます。藤井竜王は飛車を見捨てて待望の△3七角成と馬を作り、自玉への脅威を軽減しつつ先手陣の右辺からの攻撃の拠点を作ります。先に持ち時間が10分を切った近藤七段は、懸命に後手玉に迫りますが届きません。藤井竜王も持ち時間が10分を切り、△9七歩から寄せに入ります。最後に近藤七段は▲6二飛と攻防の飛車を放ちますが、藤井竜王は先手玉に生じた詰みを見逃さず△6七桂と王手します。既に1分将棋になっていた近藤七段は、秒読みの声を聞きながら次の手を指さず、静かに投了を告げました。
本局は近藤七段が研究してきた昭和・平成に数多く指された形の角換わり腰掛け銀に誘導し、序盤から中盤にかけてはっきり優勢な局面を築きました。藤井竜王は「苦しい展開が続いている」と思いながらも9筋から反発するなど敵陣に嫌味を付け、一瞬の隙を逃さず形勢を入れ替えました。近藤七段も再逆転を狙って粘り強く指し続けましたが、最後はこの激闘の結末に相応しく詰将棋のように美しい投了図が残りました。
藤井竜王は8勝1敗となり、他局の結果により昇級争いのトップに立ちました。残り3局で2勝すればA級への昇級が決まります。近藤七段は2勝6敗となり、降級圏に入ってきました。これまで破竹の勢いで昇級を重ねてきた近藤七段にとっては、順位戦で初めて味わう試練となりますが、残り4局での巻き返しに期待したいと思います。
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