「観る将」が観た第10期叡王戦本戦トーナメント 藤井竜王名人1回戦
1月8日、叡王戦本戦トーナメント1回戦の藤井聡太竜王名人と増田康宏八段の対局が、新しい東京将棋会館で行われました。
藤井竜王名人は前期に伊藤匠七段の挑戦を受け、初めてタイトル戦に敗れて七冠に後退しましたが、叡王を奪還して再び全冠制覇を目指す戦いの第一歩となります。
増田八段はかつて、藤井竜王名人の「西の天才」に対して「東の天才」と並び称された逸材で、2014年プロ入りの27歳です。今年度は、順位戦では初参戦のA級でトップを並走しており、棋王戦では2月に開幕する五番勝負に挑戦者として名乗りを挙げています。今期叡王戦では、段位別予選で中村太地八段や中田功八段らを降して本戦に駒を進めました。今最も充実している棋士の一人と思います。
両者の対戦成績は藤井竜王名人の5勝1敗ですが、2022年度の名局賞特別賞を受賞した朝日杯での激闘など、記憶に残る熱戦を繰り広げてきました。本局は棋王戦五番勝負の前哨戦でもあり、1回戦にはもったいない優勝候補同士の激突となりました。
戦型は角換わり相腰掛け銀
振り駒で先手となった藤井竜王名人が角換わりに誘導し、相腰掛け銀の将棋となります。増田八段が6筋の位を取って△6四角と据えると、藤井竜王名人は▲7五角と合わせて角交換します。増田八段は意表を突かれたのか33分の熟考で玉を3筋に引き、藤井竜王名人が▲5六銀と腰掛けると、△4二金寄と陣形を引き締めます。前例の少ない局面となり、藤井竜王名人が43手目を考慮中に昼休となりました。各3時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王名人が2時間2分、増田八段が1時間59分となっています。
両者とも強気の応酬
昼休が明けるとすぐ、藤井竜王名人は4筋の歩を交換してから3筋の歩もぶつけ、増田八段が38分の熟考で△4六歩と伸ばすと、3筋の歩を取り込んで銀を上ずらせてから飛先の歩を交換します。増田八段が8筋の歩を突き捨ててから△3五銀とかわしつつ飛車に当てると、藤井竜王名人は32分の熟考で▲3四飛と寄って銀に当て返します。両者強気の応酬となり、AIの評価値は藤井竜王名人の56%とわずかに傾いています。
増田八段の竜
増田八段は何か誤算があったのか29分考えて残り41分となり、△4四角と打って銀に紐を付け、藤井竜王名人が銀取りに▲3六歩と打つと、△3三歩と打って飛車を捕獲します。藤井竜王名人は▲3五飛と銀を取り、増田八段が角で飛車を取ると、歩で角を取り返します。増田八段は王手で△5九飛と打ち込み、藤井竜王名人が玉を8筋に上がってかわすと、△1九飛成と香を取って竜を作ります。
藤井竜王名人の堅陣
藤井竜王名人も残り1時間を切り、手堅く▲8七銀と打って玉頭の守りを固めると、増田八段は8筋に歩を合わせて取らせてから金取りに△4七香と打ちます。藤井竜王名人は金を5筋に寄ってかわし、増田八段が金桂両取りに△2八竜と引くと、金を更に6筋に寄って金銀4枚の堅陣を築きます。
藤井竜王名人の2枚角
増田八段は竜で桂を取り、藤井竜王名人が7筋の歩をぶつけると、構わず玉を2筋に上がって上部脱出を匂わせます。藤井竜王名人は7筋の歩を成り捨て、桂取りに▲6四角と打ち、増田八段が飛車を7筋に寄って桂を支えると、もう1枚の角を飛車取りに▲8三角と打ちます。増田八段は△7一飛と引いてかわし、藤井竜王名人が▲7二歩と追撃すると、飛車を3筋に逃がします。AIの評価値は藤井竜王名人の68%と大きく傾いています。
藤井竜王名人の2枚馬
藤井竜王名人は▲7三角成と桂を取って馬を作り、増田八段が△4八香成と成香を作ると、▲7四角成と2枚目の馬を作ります。増田八段が△3五竜と引き付けて自陣の守りに利かせると、藤井竜王名人は竜頭を歩で叩いて上ずらせ、空いたスペースに金取りで▲4四桂と打ちます。1分将棋に突入した増田八段が△1三玉と早逃げすると、藤井竜王名人は金桂交換してから▲6四馬寄と2枚の馬で後手の竜を狙います。
増田八段が玉を上部に脱出
増田八段は△3四桂と打って4筋の歩に紐を付け、藤井竜王名人が▲5一馬と潜ると、△2四玉と上部に脱出して入玉を目指します。藤井竜王名人は▲4二馬と金を食いちぎり、増田八段が飛車で取ると、飛銀両取りに▲5三馬と入ります。増田八段は構わず△2五玉と上がり、藤井竜王名人が馬で飛車を取ると、△3五角と打って自玉の入玉ルートを固めます。
上下からの挟撃
藤井竜王名人は▲1八金と打って後手玉の上部を押さえ、増田八段が△2七歩と打つと、▲2二飛と王手で打ち込みます。増田八段は桂で合い駒し、ようやく1分将棋になった藤井竜王名人が▲6四馬と引き付けて銀に当てると、△5三歩と打って銀を支えます。藤井竜王名人は▲1七金打と重ねて後手の竜を狙い、増田八段が△3八竜と先受けすると、▲3七歩と打って後手玉のコビンを押さえます。後手玉の入玉は難しくなり、先手玉を攻める糸口もなく、増田八段はここで投了を告げました。
まとめ
本局は増田八段が角を据えて先手からの仕掛けを牽制しましたが、藤井竜王名人は角を合わせて交換し、4筋から仕掛けました。増田八段は強気の受けで先手の飛車を捕獲し、竜を作って攻め掛かりますが、藤井竜王名人は手堅く自陣を固めて凌ぎ、2枚の角を馬にして反撃に転じました。増田八段は玉を上部に脱出して入玉に託しましたが、藤井竜王名人は上下から入玉目前の後手玉を包囲し寄せ切りました。
叡王奪還に向け好スタートを切った藤井竜王名人は、対局後「まだ挑戦を意識する段階ではないと思っているので、一局一局頑張っていきたいと思います」と、落ち着いた口調で話しました。
増田八段は棋王戦五番勝負に向け、「2月はまだ時間があるので、もっと準備をして良い将棋を指したいと思っています」と話しており、熱戦になることを期待したいと思います。
叡王戦は、株式会社不二家が主催し、レオス・キャピタルワークス株式会社が特別協賛、中部電力・株式会社豊田自動織機・豊田通商株式会社・AMD・アパリゾート佳水郷が協賛しています。棋譜等は下記サイトをご覧ください。