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「観る将」が観た第72期王座戦五番勝負第三局

9月30日、京都市のウェスティン都ホテル京都で王座戦五番勝負第三局が行われました。防衛まであと1勝となった藤井聡太王座が一気に決着を付けるのか、永瀬拓矢九段が勝って巻き返すのか、楽しみな一局となりました。

前日のインタビューで、藤井王座は「しっかり集中して見応えのある一局にできるよう頑張りたいと思います」、永瀬九段は「厳しいスコアになっていますが、一局一局集中して頑張るしかないと思っています」と話しています。


戦型は角換わり相腰掛け銀

床の間に掛け軸が掛かった対局室に、永瀬九段が藍色の着物と灰緑の袴に青灰色の羽織で入室すると、藤井王座は紺色の着物と青灰色の袴に青い羽織で入室します。先手の永瀬九段が角換わりに誘導して相腰掛け銀の将棋となり、藤井王座は右玉に構えます。この戦型特有の手待ちが続き、千日手もちらつきましたが、永瀬九段は51手目に4筋の歩を交換して打開します。

藤井王座が桂跳ねの仕掛け

藤井王座は左銀を4筋に引いて桂を跳ね、永瀬九段が更に手待ちを続けると、30分熟考して飛車を2筋に回します。永瀬九段は飛車を引き、藤井王座が銀を5筋に上がって中央に厚みを築くと、銀を6筋に引いて陣形を引き締めます。藤井王座は4筋に桂を跳ね、永瀬九段が次の71手目を考慮中に昼休となりました。各5時間の持ち時間の内、残り時間は藤井王座が3時間38分、永瀬九段が3時間14分となっています。

藤井王座が4-6筋から攻勢

永瀬九段が昼休を挟んで37分長考し、桂交換に応じてから9筋の歩をぶつけると、藤井王座は手抜いて4筋の歩を伸ばします。永瀬九段が銀を5筋に引いて受けると、藤井王座は△5五桂と援軍を送ります。永瀬九段が飛車を浮いて守りに加えると、藤井王座は35分の熟考で6筋の歩をぶつけます。永瀬九段は9筋の歩を取り込み、藤井王座が6筋の歩を取り込むと、手堅く6筋に歩を打って受けます。

藤井王座の馬

藤井王座は32分の熟考で8筋の歩を突き捨ててから4筋の歩を成り捨て、永瀬九段が金で取ると、飛金両取りに△3八角と打ち込みます。永瀬九段は飛車を1筋にかわし、藤井王座が金桂交換してから馬を作ると、5筋に銀を上がって6筋を受けつつ飛車を回すスペースを作ります。藤井王座は馬を引いて先手が飛車を4筋に回すのを防ぎ、永瀬九段が次の93手目を考慮中に夕休となりました。AIの評価値はほぼ互角、残り時間は藤井王座が1時間11分、永瀬九段が1時間41分となっています。

永瀬九段の"と金"

夕休が明けると永瀬九段は▲9三歩成と飛び込み、藤井王座が馬を6筋に潜ると、4筋に角を打って馬に当てます。残り1時間を切った藤井王座は馬を5筋に寄ってかわし、永瀬九段が9筋の香頭に歩を打つと、23分の考慮で銀を6筋に繰り出します。永瀬九段は"と金"を8筋に寄せ、藤井王座が5筋の歩を突いて銀に当てると、"と金"を桂と交換してから取った桂を8筋に打って金に当てます。

藤井王座が1分将棋へ

藤井王座が5筋の銀を取ると、永瀬九段は金桂交換してから、角で5筋の歩を払います。藤井王座が9筋の歩を香で取ると、残り1時間を切った永瀬九段は香頭を歩で叩いてから▲9三同香成と取ります。1分将棋に突入した藤井王座が再び馬を6筋に寄せると、永瀬九段は成香を8筋に捨てて玉で取らせ、角の利きを活かして▲7五桂と王手します。

永瀬九段が決断の金打ち

藤井王座は玉を7筋に引いてかわし、永瀬九段が角を7筋に飛び出して詰めろを掛けると、8筋の玉頭を歩で叩き、金で取らせてから自陣に桂を打って逃れます。ずっとほぼ互角を維持していたAIの評価値は、ついに永瀬九段の72%と傾き、金で王手する手を推奨しています。永瀬九段は残っていた35分をすべて投じて1分将棋となり、AIが推奨する▲6三金と王手します。

永瀬九段の猛攻

藤井王座は玉を6筋に引いてかわし、永瀬九段が5筋に桂を打って詰めろを掛けると、桂で6筋の金を取って逃れます。永瀬九段が同桂成と詰めろを続けると、藤井王座は銀で5筋の桂を取って逃れます。永瀬九段は5筋に桂を打って王手し、藤井王座が同銀と応じると、同成桂と詰めろで迫ります。

藤井王座の正確な受け

藤井王座は7筋に金を打って逃れ、永瀬九段が▲5二角成と馬を作って王手すると、玉を7筋に寄ってかわします。永瀬九段は7筋に香を打って詰めろを続け、藤井王座が歩で合い駒すると、同香成と食いちぎって金を上ずらせ、王手金取りに銀を打ち、金を取って王手してから成桂で銀を取って詰めろを掛けます。藤井王座が玉を8筋に早逃げすると、永瀬九段は馬を6筋に寄って詰めろを続けます。

急転直下の結末

藤井王座は7筋に銀を打って王手し、永瀬九段が玉を9筋に寄ってかわすと、香で王手を続けます。AIは桂を跳ねて合い駒する手を推奨していますが、永瀬九段が手堅く自然に見える歩で合い駒すると、9筋に歩を打てなくなることで後手玉の詰めろが溶かれたようで、評価値は藤井王座の93%と大逆転を示しています。藤井王座が△7八銀と打って詰めろを掛けると、先手玉には受けがなく、永瀬九段は▲7三銀から王手を続けますが届かず、投了を告げました。

まとめ

本局は藤井王座が積極的に仕掛けて先手陣に攻め込みましたが、永瀬九段も手堅い受けで決め手を与えず、終盤まで形勢互角の熱戦となりました。藤井王座は先に1分将棋となり、永瀬九段がチャンスを捉えて金打ちの王手で踏み込んだ辺りでは本シリーズの初勝利も目前と思われました。絶体絶命と思われた藤井王座は香打ちの王手で永瀬九段のミスを誘い、起死回生の大逆転勝利となりました。

本シリーズの総括

第一局と第二局は藤井王座の完璧な指し回しの前に、永瀬九段はチャンスらしいチャンスもないままカド番に追い込まれました。第三局では永瀬九段があと一歩のところまで追い込みましたが、藤井王座が逆転勝ちを収めて3連勝での防衛となりました。
藤井王座は対局直後「結果を出せたことは嬉しく思っています。本局はかなり苦しい将棋だったので、内容をより高めていかなければならないと感じました」と話しています。感想戦後の記者会見では「前期の対局は早い段階から苦しくしてしまったのに対して、今日の対局は終盤の入り口まで比較的難しい局面が続いていたと思うので、内容としては前期より前進したところはあったのかなと感じています」とも話しています。難敵を降して七冠をキープし、10月に開幕する竜王戦七番勝負でも面白い将棋を魅せてくれるのを楽しみにしています。「またゼロから頑張ります」と短い言葉で決意を語った永瀬九段にも、捲土重来を期待します。

本稿は王座戦の棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ouza )に従っています。
第72期王座戦五番勝負第三局、主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟

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