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「観る将」が観た第95期棋聖戦五番勝負第三局

7月1日、第95期ヒューリック杯棋聖戦の第三局が、名古屋市の「亀岳林きがくりん 万松寺ばんしょうじ」で行われました。防衛まであと1勝となった藤井聡太棋聖が勝って自身初の永世称号の資格を獲得するのか、山崎隆之八段が勝って決着を次局以降に持ち越すのか、注目の一局となりました。

前夜祭では、山崎八段は「自分のベストを尽くして戦いたいと思います」、藤井棋聖は「本当に多くの方に注目していただけるものになるかなと思いますし、地元での対局でもありますので、良い将棋をお見せできるよう全力を尽くして頑張りたいと思っています」と挨拶しています。


戦型は相掛かり

広く落ち着いた雰囲気の対局室に、山崎八段が淡い水色の着物と細い縦縞の袴に黒い羽織で入室し、藤井棋聖は淡い藤色の着物と青灰色の袴に灰緑の羽織で入室します。先手の山崎八段が得意の相掛かりに誘導し中住まいに構えると、藤井棋聖は飛先の歩を交換して浮き飛車に構えます。

お互いに工夫の陣形

山崎八段は飛先の歩を交換せずに右銀を繰り出し、藤井棋聖が右金を5筋に上がると、角道を開けます。藤井棋聖は銀を2筋に上がって角交換に備え、山崎八段が積極的に▲5六銀と上がると、7筋の歩を突いて銀の活用を図ります。この手は自ら飛車の横利きを止める手なので指しにくいと解説されていましたが、山崎八段らしい奔放な構想に、藤井棋聖も形に拘らない柔軟な発想で応じます。

藤井棋聖の仕掛け

山崎八段は6筋の歩を伸ばして位を取りつつ角道を通し、藤井棋聖が玉を4筋に寄ると、4筋の金を上がって陣形を引き締めます。藤井棋聖が7筋の歩を突き捨ててから6筋の歩をぶつけると、山崎八段は4筋の金を更に上がって手厚い陣形を組みます。次の38手目を藤井棋聖が考慮中に昼休となりました。AIの評価値はほぼ互角、各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井棋聖が2時間30分、山崎八段が2時間50分となっています。

桂で取る意味

昼休が明けるとすぐ、藤井棋聖は6筋の歩を取り込み、山崎八段が銀で取り返すと、銀をぶつけて交換します。山崎八段は歩で飛車の直射を遮り、藤井棋聖が飛車を8筋に戻すと、7筋の歩を伸ばします。藤井棋聖は36分熟考して飛車で取り、山崎八段が角を交換すると、銀で取って自玉の懐を拡げるのではなく△3三同桂と取って解説陣を驚かせます。山崎八段が56分の長考で飛車取りに角を打ち込むと、藤井棋聖は飛車を1つ浮いてかわします。

飛車をぶつけて交換

残り1時間を切った山崎八段はじっと玉を6筋に寄って傷を消し、藤井棋聖が△4四角と打って左右を睨むと、6筋に銀を打って角成を防ぎつつ飛車に当てます。藤井棋聖が数手前に桂で取った効果で、飛車を2筋に回してぶつけると、山崎八段はやむなく飛交換に応じ、4筋の金を引いて飛車の打ち込みに備えますが、AIの評価値は藤井棋聖の66%と傾き始めたようです。

焦点の歩

藤井棋聖は27分の熟考で残り1時間を切り、△7七歩と焦点の歩を放ちます。玉で取って左辺に逃がしたいところですが、すぐに取ると王手角取りがあるので、山崎八段は▲7一飛と王手してから玉で取り、藤井棋聖が飛角両取りに△8二銀と打つと、角を取らせる代わりに桂を取って竜を作り、4筋の歩を伸ばして角に当てます。

一直線の攻め合い

藤井棋聖は角を2筋にかわして金に当て返し、山崎八段が金を引いてかわすと、6筋の銀頭を歩で叩きます。山崎八段が後手玉を守る金取りに桂を打って攻め合うと、藤井棋聖は構わず歩で銀を取ります。山崎八段が金桂交換してから竜で銀を取ると、藤井棋聖は6筋の歩を飛び込んで王手し、金銀両取りに飛車を打ち込み、金を取って竜を作ります。

"と金"攻めと早逃げ

山崎八段は2筋の角取りに歩を打ち、藤井棋聖が角を4筋にかわして馬を作ると、6筋に歩を垂らします。藤井棋聖が玉を4筋に早逃げすると、1分将棋に突入した山崎八段は6筋に"と金"を作ります。藤井棋聖は更に玉を3筋に上がって早逃げし、山崎八段が"と金"を寄せて追うと、△7三金と打って竜の横利きを止めます。

ギリギリの寄せ合い

この金を取ると王手竜取りがあるので、山崎八段は更に"と金"を寄って王手し、藤井棋聖が金で取ると、銀で王手を続けます。藤井棋聖は金で取り、山崎八段が竜でタダ捨ての金を取って王手すると、玉を2筋に上がってかわします。山崎八段は金を5筋に上がって王手竜取りを防ぎつつ後手玉に圧力を掛け、藤井棋聖が取られそうな金を5筋に寄って先手玉の上部脱出に備えると、2筋の銀取りに金を打ちます。

一手違い

藤井棋聖が竜取りに銀を打って先手玉の上部を押さえ、△8九竜と必至を掛けると、山崎八段は金で銀を取り、詰めろを掛けて一手違いの形を作ります。藤井棋聖が歩で王手すると、既に自玉が助からないと悟っていた山崎八段は、深々と頭を下げて「負けました」と告げました。

まとめ

本局は山崎八段が積極的に銀を繰り出して6筋の位を取りに行く構想を見せましたが、藤井棋聖は銀をぶつけて交換し、6筋の制空権を奪還しました。藤井棋聖は角交換の際、形に囚われずに桂で取ることで飛交換を実現し、寄せの速度を的確に判断して一直線の攻め合いを制しました。山崎八段に目立った失着はなく、終盤には一手間違えれば逆転という罠を張り巡らせた寄せを見せましたが、藤井棋聖の読みの精度を改めて思い知らされる結果となりました。

本シリーズの総括

本シリーズは藤井棋聖が3勝0敗で防衛に成功し、通算5期となったことにより永世棋聖の資格を獲得しました。21歳11か月での永世称号の資格獲得は、もちろん全棋戦を通じて最年少の記録となります。藤井棋聖は対局直後に「棋聖戦は初めてタイトルを獲ることができた棋戦でもありますし、色々思い出も多いので、その棋聖戦で永世称号を獲得できたことは凄く嬉しく思います」と話しましたが、個人的にも将棋沼に嵌るきっかけとなった4年前の棋聖戦を想い返すと、感慨深いものがあります。
山崎八段は「シリーズを通して完敗だった」と認めつつ、「第三局は自分の指したい手を指して自分なりのベストを尽くそうと、自分なりに集中して踏ん張って指した」と話しました。結果は残念でしたが、十分にファンを堪能させる山崎ワールドを魅せてくれたと思います。

本稿は「ヒューリック杯棋聖戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。 (https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kisei)
第95期ヒューリック杯棋聖戦第三局 主催:産経新聞社、日本将棋連盟

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